カレンダー・スプレッド(限月間スプレッド)の変動要因

以前、カレンダー・スプレッドの制度面を説明しましたが、本稿では簡単に、カレンダー・スプレッドの変動要因を考えます。執筆時点ではざっと記載しているので、随時修正していきます。

まず、「カレンダー・スプレッド取引入門」で記載したとおり、クオートされるカレンダースプレッドの定義は下記の通りです。

「第一限月(期近限月)の先物価格)-第二限月(期先限月)の先物価格」

筆者が「国債先物入門」で強調したとおり、先物も先渡も本質的に同じです(前者は取引所取引、後者がOTCです)。したがって、「先物価格=先渡価格」とすれば、上記の定義は、

「第一限月の決済日までの先渡価格-第二限月の決済日までの先渡価格」

とも解釈できます。「先物価格=先渡価格」となる最大の条件は、先渡価格と先物の間に裁定機会がないことであり、これはネットベーシスがゼロになる状態です(ここではデリバリー・オプションのバリューなどは捨象しています。詳細はこちらを参照)。そして、ネットベーシスをゼロにした場合の先物価格を、理論先物価格といいました。これについては以前の投稿で説明しており、結論的には下記の通りです(詳細は以前の投稿をみてください)。

先物の理論価格=(現物価格-(利子収入-レポコスト))/CF

これらを前提に、カレンダースプレッドの定義に理論先物価格を適用することで、理論カレンダー・スプレッドを下記の通り定義します。

第一限月の理論先物価格-第二限月の理論先物価格

筆者の理解では実務家がカレンダー・スプレッドを考える場合、この理論先物価格を用いた理論カレンダー・スプレッドに立脚します。理論カレンダー・スプレッドを考えれば、どのような要因によりカレンダー・スプレッドが動くかを分解できることが主因です。そこで、今回は「第一限月の理論先物価格-第二限月の理論先物価格」がどのような点で異なるかに焦点を当てることで、カレンダー・スプレッドの変動要因を考えます。

1.7年国債と7.25年国債の価格の違い

まず、「第一限月の理論先物価格-第二限月の理論先物価格」を考えるうえで、そもそも第一限月の先物の理論価格は、第一限月の満期においてCTDになる先物に立脚して計算します。そのため、第一限月の理論先物価格における現物価格は、受渡銘柄の中で最も年限が短い7年国債の価格に立脚しているといえます。これは通常のCTDが7年債になるという議論です。

それでは、第二限月の理論先物価格についてはどうでしょうか。第二限月の先物ですから、CTDや満期が第一限月とは異なります。例えば現時点が2022年8月だとすれば、第一限月は9月限であり、その満期は9月ですが、第二限月(12月限)の満期は12月になります。この関係を見たものが下記の通りです。

8月時点(現時点)でみれば、9月限のCTDは7年債ですが、12月限時点でのCTDは、12月時点で7年債なので、8月時点(現時点)でみれば、7.25年債ということになります(厳密にいえば、7.25年ではないですが、ここでは簡易的に7.25年とします。これはCTDが厳密には7年債ではないにもかかわらず、7年債ということの同じです)。そのため、第二限月の理論先物価格における現物価格は、7.25年国債の価格に立脚しているといえます。

整理すると、「第一限月の理論先物価格-第二限月の理論先物価格」の違いは、第一限月と第二限月でのCTDの価格の違い、すなわち、7年国債と7.25年国債の価格の違いに立脚することが分かります。理論先物価格が「(現物価格-(利子収入-レポコスト))/CF」であることを思い出せば、例えば、何らかの要因で7年国債の価格が7.25年国債の価格に対して上昇すれば、(十分な裁定を仮定すれば)カレンダー・スプレッドが上昇する要因になります。

最近になり、カレンダー・スプレッドの動きが話題になることが多いですが、日銀による国債の保有が極端に進んでおり、チーペストである7年国債と7.25年国債の保有割合が異なるなどにより、価格の動きが異なりえる点が一因と考えられます(最近のカレンダースプレッドの変動についてはまた後述します)。

2.キャリーの違い

再び、理論先物価格の定義をみると、

先物の理論価格=(現物価格-(利子収入-レポコスト))/CF

であり、先物の理論価格は「利子収入-レポコスト」も影響していることが分かります。「利子収入-レポコスト」をキャリーといいましたが、カレンダースプレッドを考えるうえでキャリーの違いも重要です。

そもそも先渡におけるキャリーとは、私がこの論文のBOX1で説明したとおり現時点での決済日までの期間に立脚しています。このBOXの例にあるとおり、例えば、読者がトレーダーなら、今、国債を買って、先物の決済日まで保有した場合に国債から得られる利子および調達コスト(レポコスト)で計算されます。

その意味で、第一限月のキャリー計算のイメージは下記の図のとおりです。

もっとも、カレンダー取引では、第二限月のキャリーを計算する必要があります。下記がそのイメージですが、第二限月の場合、第一限月より、先物の設計上、満期が3か月(0.25年)長くなります。


したがって、仮にキャリーを計算するうえで、その利子やレポコストが同じであったとしても、期間が0.25年長いことから生まれるキャリーの違いがカレンダースプレッドに影響を与えます。

ちなみに、キャリーの定義は「利子収入-レポコスト」であり、レポ市場が基本的にオーバーナイトなどの短期であることを考えると、イールドカーブが右肩上がりであれば、「利子収入-レポコスト>0」となり、ポジティブキャリーになります。このことから、期間が長い第二限月のキャリーのほうが第一限月のキャリーより大きくなることが分かります。

再び、先物の理論価格を見直すと、下記の通りですから、

先物の理論価格=(現物価格-(利子収入-レポコスト))/CF

キャリーは現物価格から控除されることを意識すれば、「第一限月の先物の理論価格>第二限月の先物価格」がいえ、カレンダースプレッドは正になります。実際、カレンダースプレッドの推移をみると正であることがほとんどですが、筆者の理解では、この期間の違いがカレンダー・スプレッドが正となる最大の理由です(イールドカーブは通常右肩上がりです)。もっとも、2015年などカレンダースプレッドがマイナスになることがあり得る点にも注意してください。

なお、ここでは捨象しましたが、レポ市場の違いによりキャリーが異なりえ、理論先物価格が異なり、カレンダースプレッドが異なりえる点にも注意してください。

また、先物の理論価格を計算するうえで、CF(コンバージョン・ファクター)で割るわけですが、このCFも7年国債のCFと7.25年国債の違いがあるともいえます(CFは7年債や7.25年債の利子などに依存しますが、その定義は私が記載した「国債先物入門」をみてください)。しかし、この辺りは通常は似た値になりますし、相場の影響を受けないため、カレンダースプレッドが日々変動することの理由にはなりえない点に注意してください。

3.ネットベーシスのゼロからの乖離

これまでの議論はネットベーシスがゼロであることを前提にしましたが、必ずしも現物と先物の裁定が十分でない場合、必ずしもネットベーシスがゼロになるとは限りません。

例えば、ネットベーシスがゼロになるためには流動性がある市場で十分な裁定取引が必要ですが、カレンダー取引はその性質上、満期に向かって投資家はロールしていくことになり、満期が近くなれば多くの投資家がロールが終わることから流動性が乏しくなります。そのため、満期に近くなると、理論価格から乖離してランダムな動きになる傾向があります。これはほとんどの人がロールし終わっていることから流動性が乏しくプライスインパクトが大きくなると解釈できます。

実際に、投資家の中には先物のポジションのロールとは別に、投機的な目的で売買しているケースもあります。したがって、仮に先物と現物の十分な裁定がなければ、前述のような7年債や7.25年債の価格などからは離れ、カレンダー取引に係る投機的な取引で価格が乱高下するということが起こりえます。

特に、現在のように日銀が国債を大量に保有している場合、満期の前から裁定が壊れる可能性がありえ、そうなると、そもそも先物価格が現物とは異なる値になりえます。したがって、その時々の需給によりカレンダー・スプレッドが大きく動くということが起こりえます。

このことが現在のカレンダー・スプレッドの変動を大きくしていることの最大の要因だとおもいますが、大切なことは、日銀がCTDとなりえる国債をすでに大量に保有してしまっているため、このような構図はしばらく続くことが予想されるという点です。実際、昨年の9月にカレンダー・スプレッドが大きく動きましたが、12月についても同様、大きなボラティリティが観測されました。この点については少し大きなテーマになるため、また今後、記載します。

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