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"親ガチャ"は①文化資本と②変化量で理解しよう

人生のスタートラインは平等ではない。当然だ。

家庭の経済力差もその1つだが、目に見える差なので、そこ目標に努力できる。ややこしいのは、目には見えにくい差。存在自体に気づかなければ、そもそも努力の対象になりえない。人は認識しないものを選択し行動することはできないのだ。

そんな格差を表す流行語が「親ガチャ」。生まれついた家庭次第で競争が不平等になってしまう状況を、ゲームなどの「ガチャ」に喩えている。

Twitterで急拡大したきっかけは、「努力しても報われない」という諦め感が若者たちの間で強くなっているという社会学者の2021/9/7コラムかな:

Google検索結果は9/9で4千万、9/18では7千万件以上と急増。Googleトレンドで、「親ガチャ・格差」を比較してみると、注目度あいがわかる。

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ワイドショーにも進出:

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これを読んだアナタは、「努力を放棄するな!」と思われるかもしれない。まあ実際そんな面もあるだろう。ただそれは、そう思えるアタナ自身がそれだけ恵まれた環境にいる、という面もあるかもしれない。

「幸福な家庭はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」(トルストイ)

ここで「幸福な家庭」とは、個人の主観的な幸福感 で は な く て 、子供の成長・成功をなんらか妨げるものが少ない環境をいう(趣旨から明らか)。この境遇で育った人たちは、後者の、「子供の成長を妨げる環境」についての想像力を持てていないことが目立つ気がする。なぜなら、その不幸=というよりはブレーキ要因はさまざまに多様であるからだ。

意識しておきたいこと:

・見えているから、努力できる
・見えていなければ、努力(のつもり)、で徒労に終わりがち

では、見えるかどうかの差は、どこからくるのか?

社会学ではこの状況を、「文化資本」「ハビトゥス」などのややこしい理論で説明する。たとえば青少年の教育の問題は、学校教育や個人の資質・努力だけではなく、社会階層、その中での家庭の問題に、大きく影響されている。その解説が、このnote1つめのテーマ。

2つめのテーマは、では、どうすればいいのか?という話。僕の考えでは、スタートラインの違いは前提とした上で、問題はそこからの「変化量」であると思う。つまり、

<先に結論>

1.スタートラインが違うのは当然。大事なのは、その差を客観視できてるかどうか。見えているのなら対策が可能、追いつくかどうかは自分次第

2.人の幸福度は、今の自分を基準点に、そこからどれだけ自分の意思で変化できたか?に影響される

3.だから、「今、自分より恵まれている人」と比べても無意味、その差を「親ガチャ」のせいにしても幸福は遠ざかるだけ

4.とはいえ、恵まれた環境に育つほど上昇チャンスが大きい社会

以上踏まえて、

A.「親ガチャ」に恵まれたと思う人へ: 恵まれない状況への想像力を、そして「文化資本」を継承できる状況への感謝を

B.「親ガチャ」に恵まれなかったと思う人へ: 恵まれた人と比較をせずに、今の自分からの
「変化量」への集中を

この2点を伝えよう。(※9/19最終更新)

環境が習慣を作る

※世間で誤解がめだつので追記(9/21): ここで「文化資本」とは、親の収入や学歴だけではありません。それら当然に影響はあるけど、もっと広い概念です。たとえば「情報へのアクセス」は、目には見えにくいけれども、人生を大きく変える

こちら人気アカウントのQ 子さん、社会階層を真ん中あたりから少しづつ上げていった経験から、わかりやすい説明を:

差を作るのは、「人生を変えるような重要情報」に対して、「与えられる機会+取りにいく習慣」の差、であると。

良リプライがあり:

つまり、習慣とは、直接には本人の努力だけど、実は、環境=良質な情報を提供してくれる人間関係(社会関係資本=家庭とか学校環境とか)が先にある

情報とは選択肢である

ここで「情報」とは:

今まで見えていなかった世界が見えるようになる特殊ゴーグルのようなもの。別の選択肢が見えれば、そこから行動を始められる。情報とは単なる情報ではないのだ。

この逆をみれば、情報がなければ、存在するはずの選択肢が見えず、行動できない:

ただ本人は、「自分の努力でこの習慣を作った」と思い込んでいて、「努力を環境のせいにするのは言い訳」と思うだろう。自分自身の信条とするのなら良いことだが、他人に対してもそう主張するようになると、社会は軋んでゆく。サンデル先生の最新の主張もそこだ(文末参照)

・・・

ちなみにQさんはさりげない人間観察を、センスのいいスナップ写真のように切り取る方。来歴を見えてる範囲で整理すると(ご本人確認済)、彼女のキャリアは冒頭ツイートの通りに、

自分の意志で新たな環境に入り(情報を与えられる機会)
そこでの出会いを自分のものとする(情報を取りにいく習慣)

ことで作られてきた。

中学高校は「マジメがちょっとダサい」空気感をのある郊外公立校:

(都会のトップ進学校だと、イケてる子ほど勉強もスポーツもできることが多い。今の東大に美男美女が多いのもその一例)

この空気に埋もれず、美大受験を決意、専門予備校に通いはじめて、全く違う世界が存在することを知る。2浪して東京藝大に合格。たぶん在学中の出会いなども活かしながら、著名広告代理店に就職。いろんな賞も取り、華々しいSNSスター的な方

なんだけど、高校の環境にどっぷり浸かったままでは、こうはなれてないのでは? 

「下駄を履かせてくれる人」=チャンスを与えてくれる人。貸す方の偉い人にとっては、下駄を貸せば使いこなしてくれる相手を選んで、貸すわけだ。本人が下駄を使いこなして成果を出せば(失敗しても見所あると思えば)、さらなる下駄が貸し与えられる。こうして差はひろがっていく。

社会学:ハビトゥス

以上、「目には見えないなにか」の正体を、実感をもって伝える体験談だと思った。それは彼女1人の特殊な体験ではなくて、社会学によってパターン認識されている。その理論が:

文化資本… 家庭ほか生育環境の中で伝えられる文化的ないろいろなもの

社会関係資本… 人のネットワーク(いろいろ
サポートを提供する)

「資本」とは、富を産出し続ける元手、油田のようなものだ。おカネは消費すればなくなるが、資本(株・不動産…)なら、カネが打出の小槌のごとくうみだされ続ける、この違いだ。

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「文化資本」とは、狭義では、仕事につながる能力・資格・学歴・職歴など。より広くみると:

ハビトゥス… 本人にはその自覚がないまま、日常経験で蓄積されていき、知覚・思考・行動などを生み出してゆく、エネルギーの方向性のようなもの

という概念がある。「エネルギーの方向性のようなもの」とは、「性向」とう難しい言葉を僕なりに言い換えてみたのだけど、潜在意識のレベルで人の強力なエネルギーとなっているもの、という超ざっくりイメージだ。

詳しくは、100分で名著で解説された社会学の岸政彦 立命館大学大学院教授のNHKサイトでの解説を参照 ↓

「ハビトゥスとは私たちの評価や行動のさまざまな傾向性のことであり、同時にそれらを生み出す原理のことです」という定義はややこしいが、たとえば「ピアノを習う子供」が獲得するのは、ピアノを弾く技術だけではなく、

・世の中には芸術と呼ばれるもの、そのひとつに音楽があること
・音楽にもクラシックやジャズやロックや演歌などのさまざまなジャンルがあり、それぞれに「社会的意味」が異なること
・それらのジャンルがそれぞれどのような場で生産・消費され、どのような人々によって受容されているか
・それぞれの社会的な価値付け、つまり権威の高さや低さ、堅苦しさ、高級感、安っぽさ、荒々しさ、洗練度などの違いについての感覚
・「何かを努力して身につける」という過程を体験

目の前の楽しみを先送りにしてでも、いま努力することで技能を習得するという態度、あるいは傾向性は、将来、学校教育をはじめとするさまざまな場でも有用。つまり子どもがピアノのレッスンを通じて獲得するのは、これから生涯にわたって他の場面や状況でも役に立つような教養や態度である。

これがハビトゥスの力。

Qさんの例では、

・文化資本: 藝大の学歴、学んだデザインなどのスキル、広告代理店での職歴・受賞歴など
・社会関係資本: 新しい世界を見せてくれた人のつながり
・ハビトゥス: 「情報を与えられる機会」と「情報を取りにいく習慣」

かな。

これら、目には見えないさまざまな資本の格差は、「文化的再生産」=世代を超えた格差拡大の大きな要因になる。良家の子女はさらに栄え、中下層からの逆転が難しくなる。

入りやすそうな本として、岸政彦 立命館大学大学院教授「NHK100分de名著 ブルデュー『ディスタンクシオン』」が手軽:

(追記:コメントいただいた、「本物の格差はカネではない」ことを示した、人文社会学系の歴史的名著です)

家庭格差はカネだけではない

現実の問題は、(収入や学歴レベルでも存在するが)目には見えないレベルでも多数発生。

冒頭、「幸福な家庭(=子供成長へのブレーキ要因が少ない環境)はどれも似たものだが、不幸な家庭はいずれもそれぞれに不幸なものである。」という、後者の側の話だ。

でも、育った環境などにより、その現実が、見える人、見えない人がいる。僕がいいたいのは、お互い、想像力を膨らませよう、ということ。

有名大学の学歴だけでは、成り上がれない

これ、「カネ持ちは、塾に課金して、学費の高い私立にいけるから、受験に有利」という話では な い 

前提として、本人の学歴は、直接には「本人の適性×努力」の結果だが、統計的にも現場の肌感としても(僕は東大いました)家庭環境の影響が大きい。経済由来の格差はアメリカの方が激しく、北東部の名門8大学アイビーリーグでは学生の3分の2以上が所得上位20%の家庭出身だと。

ただ、今の日本で、大学生の就職活動の差を分けるのは「大学名」ではない。「在学中にどんな行動をして、どんなエントリーシートを書き、面接でどんな受け答えができるか」、そんな全体。その差を分けるのは、ハビトゥス的なもの、つまり、日常経験で、知覚・思考・行動などを生み出してゆく、エネルギーの方向性のようなもの。

ハビトゥスの特徴は、本人にはその自覚がないこと。自分だけでは気づきにくいこと。

だから、人気企業への内定獲得ノウハウのようなものは、基本、役に立たないと思っていい。それまで育ってきた環境の差が大きいから。
つまり・・・

慶應いっただけじゃダメ??

実際、ブログ「慶應義塾大学経済学部の進路と就職」によれば、難関企業内定者は、家庭格差の上位層(付属上位+海外AO)が多いようだ:

逆にいえば、伝統的な受験勉強で入っただけの慶應生で、体育会など特殊要因もない場合に、これら人気企業に入ることは難しい、と思っておいたほうがいい。

一見、強者にみえる肩書を持っていても、実際は「上位層か、それ以外か」という格差が存在する。それは家庭環境などに大きく影響された格差。スタートラインは同じではないのだ。

つまり、大学の役割は、肩書にはない。

大学の価値は「環境」にある

僕は、大学の最重要価値とは環境であると思っている。家庭環境などの過去18年(以上)の格差を、4年間かけて、その存在に気づき、行動するための時間と空間の価値だ。

自分にないものを持った人に出会う。そのハビトゥス的なものを、観察できる。見えるものなら取り込むことができる。OB/OGネットワークなどの強い社会関係資本にもアクセスできる。所属大学にかかわらず、「学生です」というだけで世のいろいろな人の協力を得やすいのも、学生という立場の特権だ。

ただ、オンライン中心の大学の環境では、こういうことに気づきにくくなっているはず。意識して取りにいく必要があるだろう。これはいうほど簡単なことではないのだけど。

<結論>

1.スタートラインが違うのは当然。大事なのは、その差を客観視できてるかどうか。見えているのなら対策が可能、追いつくかどうかは自分次第

2.人の幸福度は、今の自分を基準点に、そこからどれだけ自分の意思で変化できたか?に影響される

3.だから、「今、自分より恵まれている人」と比べても無意味、その差を「親ガチャ」のせいにしても幸福は遠ざかるだけ

4.とはいえ、恵まれた環境に育つほど上昇チャンスが大きい社会

以上踏まえて、

A.「親ガチャ」に恵まれなかったと思う人へ: 恵まれた人と比較をせずに、今の自分と比較して、将来を作ろう
B.「親ガチャ」に恵まれたと思う人へ: 恵まれていない人の状況への想像しよう

そう僕は思う。

参考文献: サンデル先生 『実力も運のうち』

マイケル・サンデル先生『実力も運のうち 能力主義は正義か?』もこの流れ:

ここで「能力主義」とは「メリトクラシー」の訳だが、「功績主義」=結果の過剰評価の方が近い。能力というよりは成果にもとづく競争。その競争条件が平等であっても、その結果拡大する格差は、今、屈辱感という、感情的な毒をまいている。(この格差拡大を助長したとしてサンデル先生はオバマ夫妻を批判している)

この本の解説を書く本田由紀東大教授は、2005年、『多元化する「能力」と日本社会 ―ハイパー・メリトクラシー化のなかで』で、このnoteで説明したようなことを既に説明している。16年たって、この流れは大きく強くなっている。

これ系の巻き戻しは、これからしばらく(年単位〜場合により10年単位で)、世界の大きなテーマになるかもしれない。いち早くこっちに転換したのが、中国の「共同富裕」、共産主義的なものへの回帰だろう。

・・・では、どうすればいいのか?・・・

問題点を指摘したあとは、対策を考える。
問題点を把握できずに、対策はない。

僕の師匠タナケン(田中研之輔法政大学教授)による『プロティアン 70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本術』(日経BP 2019)は、大きな流れを踏まえての基本教科書。キャリアを資本として蓄積しつつ、時に転換していくのが大事。

僕の就活&キャリア論の僕のnoteはこちらにまとめてます:

「おカネがなくて大学いけない」とか原因が明確なら、おカネ借りればいいと思う。ただ、大学にいけばよいというものでもないのは、このnoteで書いた通りだ:

日本社会全体では、乙武洋匡さんがいうように、境遇にかかわらず選択肢が豊富であってほしいと思う:

トップ画像出典:(著作者了承済)

(東大でてもダメ、て八田さん??? w

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