見出し画像

自分発見 ドキドキ〜ぴくぴく〜ぐるぐる〜キラキラ

こんにちは。はじめまして。Hatsueといいます。
英語と日本語を使って、カナダと日本をむすぶ仕事を、多方面からやってきました。
東京生まれ、現在はカナダに在住しています。

今日は、私の自己紹介をします。
note.comの皆さんに、なかなか自分発信ができない私の背中を大きく押してもらって、ようやく自己紹介を投稿するところまでこぎつけました。感謝です。

自分の人生のなかで「自分を構成する5つのこと」をシェアするかたちで、自分のことを紹介していこうと思います。

⭐️小学生の頃のわたし

ピンクのランドセル

わたしは、毎日、お気に入りのピンクのランドセルを背負って、
小学校に通っていました。

このピンクのランドセルは、わたしにとって、
初めての衝撃的体験であると同時に、
「わたしらしさ」について実感した体験でもありました。

小学校に上がる前に、お母さんが「ランドセルを買ってあげる」といって、
わたしをデパートに連れていってくれました。

わたしは小さい時からピンク色が大好きで、
折り紙でも、なんでも、とにかく、一番最初にピンクをえらぶ女の子でした。

当然、デパートの中に陳列されているいろんな色のランドセルから、
ピンクのランドセルを指さして、
「あれがいい」というと、

お母さんはわたしにこういいました。

「本当にピンクでいいの?
女の子のランドセルの色は赤で、男の子は黒なのよ」

それを聞いたわたしは、
「なんで女の子は赤じゃないとダメなの? ピンクも女の子の色じゃないの?」

このとき、無理矢理わたしに赤のランドセルを持たせなかった母親に
感謝すると共に、


小学校にはじめて登校したわたしは、ビックリしました。
なんと全生徒の女子がみんな赤のランドセルで、
男子がみんな黒のランドセルを持っているではありませんか。

そのとき初めて、お母さんの言った言葉の意味を理解しました。

ピンクのランドセルを背負って学校に行っているのは、
全校生徒中、わたしだけでした。

名前を書かなくても、ピンクのランドセルを背負っているのが誰かすぐわかる。

わたしは目立つためにピンクを選んだのではなくて、
本当に好きだから。
自分らしいから。

小学校を卒業するまで、ピンクのランドセルを背負い続けて、
卒業するときには、「よくモノを大切にしましたね。」といって校長先生に褒められました。

自分らしさをつらぬく精神がこのとき育ったように思いました。

お絵描きがコミュニケーション

わたしは小さい時から、とてもおとなしくて、
みんなの前では、すぐに顔が真っ赤になって、
なにか話しても、いつも声が聞こえないと言われるくらい、
引っ込み思案な子でした。

そんなわたしの唯一のコミュニケーションはお絵かきでした。

わたしが絵を描いていると、
みんなの方から、わたしのところに来てくれて、
話しかけてくれるのです。

そうしてやっとわたしの声を聞いてもらえるのでした。

お話し連載してました〜クラスメートが読者

お描きをしたり、
少女漫画を読んだり、
TVアニメを見たりすることと同時に、
本を読むことも大好きで、
近所の大学生のお姉さんのうちで、
一緒に声を出して本を読んだり、
どんな話だったかまとめたり、
感想をきいてもらうことが楽しくて、
よく近所のお姉さんのところに遊びにいきました。

そうするうちに、自分の読んだ本の主人公で、違うストーリーを作ったり、
自分の周りの身近な出来事をもとにストーリーを書いて、挿絵を入れたりして、
仲良しのクラスメートが回し読みをするようになりました。

初めての連載は、家庭教師と生徒のユーモラスなショートストーリーで、
書いては、クラスメートに回して、戻ってくると、またその先を書くみたいな、

話の筋が決まっていない、
自由な空想と妄想を思いっきり広げることがたのしかったのを覚えています。

⭐️Night Terror 金縛りの毎日ー自分内観と不思議体験の入り口


小さい時から、ほとんど毎日のように、
わたしは、Night Terror・金縛りにあってきました。
とても怖かった。

金縛りがやってくる前兆となるキーンっていう音がして、
わたしは完全に意識がハッキリしているのに、
体がまったく動かなくなる。

まぶたを開けることも、
指を伸ばして、部屋のあかりをつけることも、
声をあげて、助けを呼ぶこともできない状態。

金縛り

なぜ こんなにも頻繁に起きているのか 
なぜ こんなにいつまでたっても続くのか
私にはわからなかった。

やっと金縛りにあわなくなったのは、
わたしがカナダにやってきて 
自分探求・内観をはじめてから。

いろんなことを試した。
ホ オポノポノ
バシャール
ダスカロス
さまざまなエネルギー・ヒーリングのセミナーや不思議体験の研究

わたしが興味を持った時には、すでに他界されていたミスティックなら、
その人の生前残したテープや本を片っ端から手にとって熟読した。 

日本でも 
アメリカでも 
ヨーロッパでも 
どこへでもいって、話を聞いた。

自分の身に起きた不思議体験の解明と
その意味がなんであるのか、 
わかるために。


最初は 
スピリチュアル系のトピックや
ヒーリングのさまざまなモダリティ・様式を学び、
体験していくうちに、
この長い長いジャーニーは
 
Who Am I? What Am I ?

自分とは何かという 
目に見えない世界からの自分探し・本当の自分発見の旅になっていた。

いろんな不思議体験から 
わたしを突き動かしていたのは、
周りの人に話しても理解されない、
変な目で見られるんじゃないかという恐怖と、 
自分でも訳がわからない不思議体験をしている自分が、
どこかおかしいんじゃないかという不安。

この終わりが見えない旅を
終えるきっかけとなったのは、
本屋さんで偶然 見つけた小さな本だった。

それはあるミスティックが書いた本の
その中の一言が 
わたしを、このとめどない探求の熱から解放してくれた。

それは「そんな不思議体験をして、怖かったね」という言葉。

ああ、いいんだ、私が感じていたことは、
おかしいことではなかったという安心感と、
みんなとちょっとちがうけど、
ちょっと神秘的な自分でいてもいいんだと初めて思えた。

⭐️カナダと日本

MBA 国際情勢とビジネスの勉強ーお絵描きをやめて大人になった!?

わたしはカナダの大学に留学して、国際情勢とビジネスの勉強をしました。

日本語と英語を使って、通訳やオフィス・ワーク、イベントなど、
カナダと日本を結ぶ、多種多様な仕事をしてきました。

そして、子供の頃あんなにワクワクしていたお絵描きやお話しを書くことを
いつの間にか卒業していました。

みんなに認められるような、
大人らしいことー仕事ーをする
それが当然なんだ、
そんなふうに思っていました。

そして
いつしか
自分でも
ハッキリと意識していないレベルで

漠然と

本当の成功って
なんだろう?

って 思うようになっていました。


カナダと日本

日本からカナダへ場所を変えたことで、みえてきたこと、感じたこと

わたしにとってカナダとはなんだろう?

カナダに来て、私が体験させてもらった、忘れられない経験というのは、
いろんなレベルで、同一でない、多様性の中で、
いろんなスキルや人種や年齢の仕分けを超えたところで、
その違っている人たちの中で、一つの共感が得られて、
つなぎあわさっていく一体感の喜びかな。

こんな感覚が Unity in Diversityと呼べるのかな。

自分の色を、誰かの色に染め変えなくても、
一緒にいられる。共感して、わかりあうことができる、
そんな広がりを持ったつながり
ということかな。

⭐️音と色 歌うことの出会い、呼吸が音を乗せて、色として広がっていく


ある時、近所の日系カナダ人のおじいさんとおばあさんに頼まれて、4人組のコーラス・グループのアルトを担当することになりました。

その音楽好きのおじいさんとおばあさんの家には,ピアノがあって,定期的に4人集まってコーラスの練習をするようになっていました。

ちなみに,私は特に歌が上手いということではありません。

ただ、メロディーラインと違う,低音のアルトのパートを、 ソプラノのメロディーに釣られることなく歌えるということで採用されたようでした。

そんなある日,その音楽好きのおじいさんとおばあさんのオススメのCDーカナダ在住の日本人ソプラノ歌手の歌声を聞きました。

それはとても不思議な感じでした。
それは,私には 音が色をもっているように感じられました。

どんな水辺の
どんな色の緑がある場所で
どんな色のそよ風が吹いていて
それがどんなふうにして自分の頬を撫でていったか
それは,音楽を耳で聴いているというよりかは

音が色になって,目の前に広がっていく
音でペイントしているような感覚。

ご縁があって,この日本人ソプラノ歌手の先生宅で、
生徒を取らないことで知られていたこの先生が
ズブの素人の私に歌のレッスンをつけてくれることになりました。

この先生から教えてもらった体験は
私にいろいろなことを感じさせてくれました。

まず声を出す以前の話。
呼吸。息を体のいろんなところに入れてまわしていく。
息を吐いて,それが空間をずっと広がっていく。
その息の上に,音という色をのせて、
自分の声が空間を,ずっと遠くまで,広がっていくのを見つめる。
私は,歌を歌っているのが楽しいというよりかは,
いろんな色が広がっていくのを見つめるその体験がとても楽しかった。

それは歌の練習というよりかは,もっと根本的なことを感じさせてくれるものでした。

しばらく歌っていなくて,声が出なくなっている時,
私はある歌を歌うと,自然に,声が出るようになる歌を発見しました。
それはメロディーラインの中にある,ある波動のようなものが,
私にとって癒し効果があるみたい。

先生は,まれにそんな曲に出会える人がいると言っていました。

また,息を体全体に回して,いろんな呼吸の練習をしている時に体験したこと。
仕事でかなり疲れ目だった私の目から,自然に涙がいっぱい出てきて,
その疲れを洗い流してくれました。
そのあと,自分の目を見ると,キラキラしていて,
いつもの私の目ではなくなっていました。

こんなふうに,感じたりしている私は,かなり変なのかも。

多くの場合,変な感覚の私は,こんなことを話したり,分かり合えたりする人は,自分の周りにはいなくて,自分発信しようとしても,いつもどこか臆病になっていたと思います。

でも,この自己紹介文を書いているときに,note.comで「共感覚」という言葉に突き当たりました。

ああ,私みたいな音が色にも感じられる人がいるんだって,勇気をもらいました。
感謝。

⭐️あたらしい自分へ
つながる,ひろがる,ひらけるー自己表現のいくつもの扉を開いて,いろんな人たちとつながって さらなる進化をしていきたい。そこからひろがる新しい世界を体験したい。その体験をシェアできる,語り合える仲間に出会いたい。

とっても長い自己紹介文を,ここまで読んでくれてありがとう。

最後に,じぶんがnote.comで表現してみたいことを,グラレコ風にまとめました。

画像1

みなさん,よろしくお願いします😊

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?