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鈴木忠志という人 −SCOT Summer Season 2023−

 「なぜ西洋の古典なんてものをやっているんだ?」ということを、ずっと考え続けている。

「大学院では何を勉強されてるんですか?」
「まああの、ヨーロッパの古典文学的なやつで、ギリシア語とかラテン語とかを実はやってて…」
「え〜すごいですね…そういうのやろうとしたきっかけとかってあるんですか??」
「実は高校生の時演劇部で…大学でも演劇やろうと思ったんですけど、あんまり面白いと思えなくて…それで古典のギリシア悲劇とかがいいなって感じで、気づいたらハマっちゃったんですよね…」

 人に聞かれた時は大体こう答える。
 別に嘘ではない。だが本質的な答えでもない。

 大学生の時、蜷川幸雄の『オイディプス王』を見て、現代演劇なんてやってる場合じゃないと切実に思った。それは本当。
 一方で、鈴木忠志。「早稲田小劇場」とか「SCOT」とか名前はもちろん知っていたけれど、時折見かけるインタビューとかの受け答えがいかにも「偉そうなおっさん」という感じで、あまり良い印象は無かった。

 でも、今この国でまともにギリシア悲劇をやってるの、この人だけ…?
 なんとなくそんな気がしたので、今年こそはと、利賀村に挑戦してみました。

利賀村到着まで

予約

 当たり前すぎますが、予約は早めにやらないとダメ。(来年以降の自分に向けて言ってます)
 電話した時には、行こうとしていた日程の『ディオニュソス』が既に満席。しかしこれが見れなければ意味がない!ので、唯一全てまだ空席のあった8月末の日程(電話した時点で10日前とかでした。遅すぎ。)に行こうと決意。

 ここで一人旅バイトのリスケが確定する。
 かねてからなんとなく連れて行こうとしていた友人は、ちゃんと働いてる人なので「10日後に富山の山奥です」は流石に無理。
 自分自身もがっつりバイトが入っていて、代打探しに奔走したけれど週末にホイホイ代わってくれるほど皆暇じゃない。結局社員さんにキレられながら何人かに迷惑をかけ、なんとかこじ開けるしかなかった。

 相変わらず、自分のダメさには凹むしかないけれど…それでも。
 「行かない」という選択肢だけが、なぜか自分の中に無かった。

移動

 新幹線で富山駅まで。そこから連絡バスで利賀村。
 正直今後もこれ以外選択肢ないと思う。あの山道、自分では絶対に運転したくない。一箇所本当に、「なんでここに柵がないんですか?」という所があって、リアルに少しだけ命の危機を感じた。正直、「帰りはここを暗い中走るって…」とか考えて滞在中何度か怖くなったくらい。もう少し行きやすくしてくれても…

『トロイアの女』

 映像で見たことがあった。それと構成や演出は大きく変わらなかったと思う。
 ただ、そこで白石加代子という女優を知った以上、そう簡単に置き替わらない。

 ちなみに原作はもう少し(エウリピデスらしく?)理屈っぽい芝居。

 母上は、ヘクトルの最期をお悲しみと思いますが、こうは考えられますまいか。ヘクトルがたぐいもない誉れを残して討死できたのも、ギリシアが攻めてきたればこそ。さもなくば、彼の武勇も空しく世に埋れたでありましょう。

松平千秋 訳

 と語るカサンドラが、狂っているということになっているという構成。エウリピデスが本当に戦争の悲惨さとか考えていたのか、個人的にはよくわからない。
 だが「原作とここが違う!」とか言うのは何においても野暮なので、その辺を気にする必要はない。「演劇としてどうか」ということしか、上演では問題にならない。

 劇場は新利賀山房という建物で、中は能楽堂というかお寺の本堂というか、なんとも言えない雰囲気。「劇場らしくない劇場」がとにかく好きなので、非常に高揚感を覚えた。

新利賀山房

 入ってすぐの客席に、なんといきなり腕を組んだ白シャツの鈴木忠志。自ら観客を誘導している。
 「おい、小林!案内しろよ
 劇団員に呼び掛けたんだろうが、奇しくも私と同じ名字で、来た途端なんだか自分が怒られたような気分になった。携帯の電源を切る間もなく、突然芝居が始まる。多分そのせいで、結構芝居中に色々電子音がブーブー鳴るし、なんか明らかに電話出てる奴とかいた。私は割とそういうのも芝居の一部だと割り切れるので別に構わないけれど、この芝居の場合はどちらかといえば静寂な環境を整えた方がいいんじゃないか、とは思った。

 色々と頭の中の整理がつかないまま終演、なんと観客の半分くらいは外国人で、拍手喝采に口笛まで。
 理解が追いつかない。

宿泊

 予約の電話をした時の自分へ。

 「なんでテントにしたんですか?

一夜を共にしました

 ちょっと面白そうだと思っていつもあらぬ方向に手を出してしまう。
 ただ少しだけ言い訳すると、もっとテント泊の人が沢山いるのだとは思っていた。ところがどっこい。周りには一人用テントが三つだけ。というか他のテントの人はキャンプ目的っぽい格好してたし、SCOTの観客でテント泊しようなんて奴はマジで俺だけだったんじゃないか。
 キャンプなんてしたことあるわけがないので、ペグ打ちからテントの畳み方まで本当にわからないので本当に適当に済ます。キャンプ場にシャワーがあると書いてあったが、いざ現地で聞いてみると無いと言われたので、少し離れた温泉まで暗い夜道を一人で歩く。なんというか人生についてとか考えざるを得ないくらいの孤独を感じた。

 ただ唯一の救いは、本当に気候に恵まれたこと。ほとんど風もなく、ペグ打ち要らなかったんじゃないかというくらい。また気温も非常に適温で、実際にはかなり快適に眠ることができた。東京の耐え難い暑さとはうって変わって、そのまま外で熟睡できるほどの高地の涼しさ。翌日はマジの雷雨だったので、本当に運が良かった。
 あとキャンプ場のアルバイト大学生たちの対応も優しく、そこにも救われた。

『ディオニュソス』

 さっき書いたことと早速矛盾するが、一応これが「研究対象」なので、どうしても「原作と違う!」とは言いたくなる。
 そもそも『ディオニュソス』というタイトルにはしているが(原題は『バッカイ』、すなわち『バッコスの信女たち』)そのディオニュソスが出てこない。

(ディオニュソスに向かって)
ペンテウス  おい外国人、おまえはなかなかきれいなからだをしているではないか、少なくとも女の目には。それを目的にテーバイに来たのだろう。髪の毛はこんなに長く伸びて、色気たっぷりに頬にまでかかっている。レスリングができないからだ。肌は白い。さぞかし着る物に気を遣って、太陽の光を浴びず、日蔭の中をこそこそと、その美しさにものをいわせ、アフロディーテー狩にいそしんでいるのだろう。

逸身喜一郎 訳

 この原作のディオニュソスを、そのまま舞台に上げればいい
 私ならそうする。
 そしてこのディオニュソスに魅惑されたペンテウスが、結局自身で(喜劇的に?)女装し、最期には(悲劇的に?)グロテスクな死を迎える。これをそのまま芝居として再現できたなら、それだけで見ものになる。そういう風にエウリピデスは書いている。

 が、それに対する鈴木氏のアンサーはおそらくこれだ。

 現代人にとっては神とは幻想の産物であり、イメージであるから、ペンテウスの疑問は当然であり、男の答え方の方が詭弁ではないかと感じると思う。
 実際のところ、私もある時からそう思った。この戯曲の中でペンテウスの疑問に対応するディオニュソスの答え方は、神のそれではなく、ある集団が確立した価値観である思想や観念、それに基づいて創られた行動の正当性を伝えようとする際の、リーダーの態度と理屈の展開に似ていると思えたのである。

公演パンフレット p.6

 そんな読み方もあるのか、と単純に思ったが、私の中でディオニュソスは「観念」でも<カミ>でもなく、れっきとしたギリシアの「神」として確立してしまっている以上、こういう考え方には相当驚かされた。

 尊敬している川島重成先生は、溢れかえるギリシア文学の翻案作品やら、あるいは研究として提出される諸論文にさえ度々、「神々の世界が描かれていない!」と不平を述べられている。
 その慧眼は、この作品にも向けられるはずだ。
 しかし一方で、鈴木氏の「現代人にとっては神とは幻想の産物」であるという指摘もある意味で慧眼と言わなければならない。なんといっても実感としてそうだ。私自身、研究室以外で同世代に「神」の話ができる人なんていない。というかできたら逆にちょっと怖い。

 だとすると、「神」を実感できない世界でギリシア悲劇なんてやる意味はどこにあるんだろうか?
 神々が存在しないギリシアなどあり得ない。しかし現代は、それを感じるのにはあまりに時間が経ちすぎている。じゃあ古典演劇は、ずっとシェイクスピアとチェーホフだけやってればいいのか?
 ここでも、「古典」と「現代」のパラドックス…

『世界の果てからこんにちはⅠ』

 野外劇場での公演。SCOTの人たちは『果てこ』と略します。
 よりによって夕方から雨がちらつき始め、暗くなると今度は雷がゴロゴロ言い出す始末。山奥での雷って本当に経験したことがなくて、ずっと遠くの方で稲妻が点滅し続けるのにかなりビビった。

 不幸中の幸いとしては、そこまで雨も雷も強くならないうちに芝居は終えられたこと。帰りのバスの時点では、川を渡れずにルートを変えなきゃいけないぐらいの豪雨になっていた。

野外劇場

 観客はカッパの着用でなんとかなったが、役者さんたちは雨の中車椅子で疾走したりしたりしなきゃで大変そう。ほんとにすごい。

 花火が上がる演劇は流石に初めて。一瞬ほんとに雷が落ちたんじゃないかと思うくらいの爆音。あと火の粉がかかるんじゃないかってくらい間近。
 そしてやっぱり花火自体は特攻隊のイメージだったらしい。ただ外国人観客はそんなことかまうはずもなく、花火が上がるたびに拍手&口笛&「Foooo!!」の絶叫。

 ただ、鈴木さん自身はどうやらそれでいいという考え方らしい。
 国際劇団として外国人俳優を多く起用しながら、西洋の古典を日本の伝統芸能風に上演する。しかも利賀村という山奥で。
 この営み自体に、鈴木さんの色々な思想が反映されているということだろう。 
 「日本がお亡くなりに」のセリフに続き、マクベスのTomorrow Speechという構成。これを参議院(中曽根元首相の息子さんだそうです)とか元文化庁の偉い政治家たちが観る。政治劇として完成された構図である。

 最後には鈴木さんも舞台上に現れ、雨も雷も全く意に介さず、色々と思いを語ってくれた。御年84歳。「最期まで見守ってください」と切実に訴えていたが、まだまだ計り知れないエネルギーを感じた。
 多分利賀村に来る一番大きな意味は、鈴木忠志という人間の魅力を肌で感じることができるということ。1960年代という、現代演劇をひっくり返した世代の一員だ。その熱意がまだそこにある。

 最後はみんなで鏡開き。
 急いでお酒飲んで、利賀村で栽培してるバカでかい茄子をお土産にもらい、連絡バスに乗り込み深夜の富山駅に。そして人生初の深夜バスで東京に帰還。翌日は罪滅ぼしに4時間だけバイトに出勤した。
 次はもう少し余裕のある計画で行こう。


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