中村慎太郎 旅とサッカーを紡ぐOWL magazine
『サッカー旅を食べ尽くせ!すたすたぐるぐる信州編』 前書きとゲラ公開!
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『サッカー旅を食べ尽くせ!すたすたぐるぐる信州編』 前書きとゲラ公開!

中村慎太郎 旅とサッカーを紡ぐOWL magazine

 4月4日月曜日の11時から、『サッカー旅を食べ尽くせ!すたすたぐるぐる信州編』の先行販売を開始します!!

 前作を出したのは半年前でしたが、そのあととっても苦労しました。このへんの苦労話は、どこかで打ち上げをしたときに是非聞いてください。

 というわけで先行販売はこちらのサイトから!


「先行販売」で購入していただけるととっても嬉しいですが、お祭りを眺めているだけでも大丈夫です。月曜日からはスペースなどもなるだけ毎日開こうと思っておりますので、是非聞きに来てください!

 ここで終わるのもサービス精神が足りないのでもう少し!まだデザインの最終チェックと校正が終わっていないバージョンなのですが、現状でのゲラがあるので、何ページかご紹介します。

 フォントやデザインは最終決定じゃないのと左上の「柱」がみんな茶臼山になっているのは修正します。

 前書きについては全文公開していますが、画像では読みづらいかもしれないので、最後に全文横書きで掲載します。



誤植が……!!






 こういった原稿を250ページ分作っています。OWL magazineのメンバーで知恵をよせあって一生懸命作りました。

 没原稿ギリギリから何度も立ち上がって最後の最後で完成させてきた五十嵐メイのツイートに中村が書いた添削コメントが載っています。これ2稿目ですね。1稿目は伝説の没原稿と言われていて、逆に面白いのでどこかで皆さんに見ていただこうとおもっています。


最後に、前書きを全文載せます。

 世界へ羽ばたけ、信州のサッカー
 中村慎太郎

 ぼくは信州を知ってしまった。

 東京生まれの自分にとって、信州には憧れが詰まっていた。豊かな森、美しい山々、澄んだ空気、山の幸。野鳥たちは恋の歌をさえずり、藪の中には野生の熊が歩いている。蕎麦が美味しい、日本酒も美味しい、おやきも美味しい。飲んで楽しい仲間もたくさんいる。

 もしも信州にサッカーがなかったら、東京から行きやすい田舎というくらいの意味しかもっていなかったはずだ。しかし、信州にはAC長野パルセイロと松本山雅FCがある。ぼくはこの2つのクラブのホームタウンを訪れ、サポーターの熱を感じるたびに夢をみた。長野パルセイロは誇り高きレアル・マドリード。松本山雅は情熱あふれるFCバルセロナ。

 両者の対決、信州ダービーは強烈な熱気を発し、うねりとなり、信州中に広がっていく。それだけではなく日本中、世界中が注目するようになる。信州ダービーを見るために、日本中のサッカーファンが集まってくる。それだけではなく世界各国からも集まってくる。そして、信州の豊かな自然と信州人の懐の深さにすっかり惚れてしまい、足繁く通うによう。そう、このぼくのように。

 ぼくがサッカーを好きになったのは南アフリカワールドカップのとき。2010年、当時は29歳であった。それから3年後にJリーグに出会い、すっかりはまりこんでしまった。物書きを志していたこともあり、ぼくは自分の書くテーマをサッカーに決めた。

 その中でもぼくがやりたかったのは「スポーツツーリズム」であった。要するに「サッカー旅」である。この分野は意外にも書き手が少ない。理由は簡単で、経費がかかる上に執筆難度が高いからだ。紀行文は簡単そうに見えるのだが、実はなかなか難しい。ライター向けというより作家向けのテーマなのだ。そして、苦労して書いたところで掲載するメディアがないため、ライターとしての仕事にはしづらい。当時、紙の雑誌にもウェブメディアにもサッカー旅を専門に扱ったものはなかった。

 ならば自分で作ればいい。2019年2月に、note有料マガジンとして、旅とサッカーを紡ぐウェブ雑誌OWL magazineを創刊した。ギリギリの運営ながらも著者を育て続け、2年半後に株式会社西葛西出版を創業。サッカー旅に魅せられてから8年。ついに、サッカー旅の記事を掲載するウェブメディアと、書籍にしていく出版社をつくることができた。これで信州へのサッカー旅の本がつくれる。万感の思いだ。ぼくがどれだけ信州のことが大好きか、信州がどれだけ面白い地域かを、この本を通じて信州人自身にも知ってほしいし、それだけじゃなくて日本中に伝わってほしい。いや、いずれは翻訳して世界へと広めていきたいと本気で思っている。成田空港に、翻訳された47都道府県へのサッカー旅本『すたすたぐるぐる』シリーズが並ぶ日を夢みて。いや、夢ではない、実現させようではないか。

 かつてFC東京と東京の街についてこんなことを書いた。

「どの方角を向いても思い出が転がっている。東京は、一番よく知っている街なのだ。詳しく知ることによって愛着が生まれ、接し続けることによってそれが固定されていく。その東京を強く肯定してもらえたのが、FC東京の観客席だった。」(『サポーターをめぐる冒険』 p.214)

ぼくにとっては生まれ育った東京が大好きな街であったの。それから8年、サッカー旅をするようになって、全国各地に愛すべき場所が増えていった。

 この『すたすたぐるぐる』シリーズの第一弾は埼玉編であるが、はじめる前はそんなネタにならない不人気な地域を扱ってどうするんだと言われた。しかし、実際に取り組んでみると世界がガラっと変わった。大宮も浦和も川越も大好きになった。大宮にはまた飲みに行きたいし、浦和のホテルにこもって原稿を書きながら合間に鰻を食べたいし、川越にいって映画三昧をしたい。熊谷、所沢、入間、秩父にも行ってみたい。

 このシリーズは、著者にとっても、読者の皆様にとっても、まだ見ぬ地域の魅力を知り、段々と好きになって、この日本で暮らしていることに幸福を感じてもらうための試みなのだ。サッカー旅の本質はサッカーではなく、地域がもつ魅力だと思っている。ぼくのメインテーマであるサッカー旅は、信州の魅力に気づいていくところからはじまった。だから、信州へのサッカー旅本は、ぼくにとって夢の舞台なのである。

 さて、そろそろ説明しなければならない。この本が長野編ではなく信州編である理由である。まず、長野とだけいうと長野市のことか長野県のことかわからないので、区別をするために信州という言葉を使うのが第一義である。長野県は主に4つの地域に分かれている。北信、東信、中信、南信である。それぞれ、長野、佐久、松本、伊那・飯田に対応するのだが、信州人からすると「松本、伊那、佐久、善光寺」の順で説明しないと気持ちが悪いことだろう。県歌『信濃の国』の一節である。長野県の県紙である信濃毎日新聞もこの区分で地域情報が異なる。信州編とした理由はもう一つあるので後述する。

 サッカー旅の文脈でいうと、北信にある長野パルセイロと、中信にある松本山雅がメインディッシュとなる。とはいえ、東信には上田ジェンシャンとアルティスタ浅間があり、南信にもアザリー飯田がある。本書の取材時期はコロナ禍で地域リーグが活発に活動していなかったのだが、何とか全地域をカバーすることができた。

 問題になるのは北信・長野と中信・松本の2地域がとても仲が悪いことなのである。いや、仲が悪いというと正確なニュアンスではない。「自分たちは何も思ってないんだけど、あっちが突っかかってくるからやり返すこともある」と両者ともに言う。実際のところ、長野に敵意を燃やす松本人はめったにいないし、松本を潰そうとする長野人もめったにいない。しかし、そのムーブメントは確実にあり、少数の過激派がひっそりと攻撃を行い、お互いの不満が高まっていくようだ。

●信州南北戦争について

 歴史的な背景も説明しておこう。少々込み入った話なのだが、この平和な日本に現実に起こったこととは思えないほどの因果があるようだ。

 そもそも江戸時代の長野県には11の藩があった。藩というのは当時の感覚でいうと国であり、11人の殿様がいてそれぞれが統治をしていたことになる。さらにいうと伊那は天領(江戸幕府領)であったので12の国に分かれていた。その秩序が崩れたのが明治維新である。明治4年(1871)7月に廃藩の詔が出され、幕藩体制は廃され、3府203県1使となった。1使は北海道開拓使を表す。現在の長野県は、この時点で12の県に分かれた(岩村田県、小諸県、上田県、松代県、須坂県、飯山県、長野県、伊那県、高島県、高遠県、飯田県、松本県)。

 同年11月に第一次統合が行われ3府72県1使となる。現在の長野県は、長野県と筑摩県に分かれることになる。旧長野県は北信と東信を主とし、筑摩県は中信と南信を主とする。北信・長野と中信・松本は、険しい峠によって隔絶しており、人の交流もあまりなかった。さらにいうと、長野は善光寺を中心とする寺町であり、松本は松本城を中心とすると武家町である。まったく違う背景をもつ街が、物理的に隔絶され、それぞれ平和に暮らしていた。どの程度平和だったのかは知らないが、車も高速道路もトンネルもインターネットもない時代なので、あまり関わりがなかったというのが正解なのではないだろうか。

 筑摩県の県庁は国宝・松本城の二ノ丸御殿に設置された。城の付近ではなく城そのものである。ところが、明治9年(1876)6月、筑摩県庁が全焼してしまった。松本の人に言わせると「あれは長野のやつが火をつけた」ということになる。150年ちかく経過したいまでもそのように言う人がいるから驚きだ。資料によっては旧上田藩士(東信)の指示で放火がなされたとしているものもあるが、結局証拠不十分となっている。ネット情報では長野による陰険な情報工作が行われているとするものもある。要するに、真偽は確定していないようだ。

 その2ヶ月後、第二次統合が行われ現在と同じ1道3府43県(47都道府県)となった。その際に、県庁が焼失して行政機構を失っていた筑摩県は、長野県に吸収される形となった。

 隣とはいっても縁はないし愛着もない北信地域に吸収されてしまった。しかも、何者かの放火の疑いまであった。当時の人の怒りは相当なものだったようで、県庁を松本へと戻すための陳情や熾烈な抗議が行われていく。明治13年(1880)の県会では県庁を移すための議案が提出されるも、北信・長野の議員が議決をボイコットし、期限切れで廃案となった。

 長野の県会は、本来であれば議事堂で行われるのだが、議事堂を長野に作るのか松本に作るのかで揉めていたため、ずっと長野の師範学校を間借りしていた。しかし、教育制度の充実とともに議会で使うことが難しくなり、長野に県会議事堂が建設された。ところが……。落成翌日に原因不明の火災が起こり、全焼してしまった。その件との因果関係は証明されていないが、その2週間後に松本で放火が原因の大火があり1553戸が焼失している。

 明治23年(1890)に再び移庁の建議がなされる。当時、北信の議員が24名、中南信の議員は21名であったのだが、北信の議員を2名寝返らせることに成功した。これによって多数決で移庁の建議が通るところまでもっていった。しかし、北信側は8名の議員をボイコットさせ、時間切れに持ち込んだ。さらに、北信側の議員は、刺客を雇って、裏切った議員である小山鉄児を襲撃させた。中南信の議員は上田へと避難して、上田で決議を行うことを提案するのだが、北信の議員22名は、病院に運び込まれた小山を連れだし、意識が朦朧とする小山を含めた23名で強引に決議を行い、移庁の県議を廃案とする。この件に納得がいかない松本の住民は、県に納める税金をボイコットし、住民1万人で警察署を襲うという事件も起こった。

 分県運動は一時収まったのだが、昭和23年(1948)に長野県庁の別館が火災で全焼する。これを機に、再び庁舎を松本へ移すという運動へと発展した。今度は北信側の議員が30名、中南信も30名と同数であったのだが、北信側に1名欠員が出たため、29名対30名で、松本への県庁の移動が議決されそうになったのだ。採決がはじまると負けてしまう北信・長野側の議員は、時間稼ぎをはかり、議場は大混乱となった。

 いざ採決となったときに、傍聴席から県歌『信濃の国』の大合唱が起こった。分権賛成派も、反対派も、要するに北信・長野の人も、中心・松本の人も、涙ながらに信濃の国を熱唱し、それを契機に採決は延期されたという。このような解釈をしている資料もあったのだが、一番詳しく調べられていた『信州南北戦争』(櫟)によると、『信濃の国』を歌っていたのはほぼ全員が長野人であり、それは採決を妨害する意図があったとのことだ。

 調べていると建物が燃えたり、人が殴られたり、戦争ものの小説を読んでいるかのような緊迫した描写が続いていく。興味ある方はぜひ『信州南北戦争』を読んでみてほしい。さて、そろそろサッカーの話に戻そう。

 ぼくは長野と松本の両方に仲のいい友達がいるのだが、正直面倒なことも多い。長野パルセイロの記事を書けば「あいつは長野に寝返った」などという声が耳に入ってくる。松本山雅で楽しく飲んでいると「あの人は松本が好きなんだよね」と悲しい顔をされる。どうすることもできない150年の確執に挟まれるのはなかなか厄介なのだが、それでもぼくは長野も、松本も嫌いになれない。2つの地域は全然違うがとても似ている。似ているところもあるが全然違う。片方だけでもとても好きなのだが、両方合わさるとたまらない魅力となる。それこそが信州なのだ。もちろん長野と松本だけではなく、東信と南信も絡んでくるからさらに味わいは深くなる。

 長野編とした場合よりも信州編としたほうが、この地域の魅力を存分に表現できる。だから47都道府県へのサッカー旅にもかかわらず、県名ではなく地域の通称をタイトルとした。ぼくの調べだが、信州という言い方に嫌悪感や違和感をおぼえる信州人はほとんどいなかった。

●燃えろ信州ダービー!!

 さて長野と松本の対立はこのあとも延々と続いていくのだが、その延長戦にあるのが信州ダービーなのである。県庁をめぐる争いとはまったく違うものだが150年間、連綿と続いてきた因縁が、燃えさかるダービーに薪をくべていく。普段からサッカーをみて、応援している人はもちろん、サッカーにはまったく関心もなかった人も巻き込まれていく。そういった求心力をもった試合をダービーという。信州ダービーは日本で唯一にして最大の本格的なダービーといわれるゆえんである。

 その熱は世界レベルではないかと考えている。例えば、スペイン人が応援するレアル・マドリードとカタルーニャ人が応援するFCバルセロナのダービー、元祖「エル・クラシコ」や、スコットランドのグラスゴーにある2つのクラブの激突、オールドファーム。一方はカトリック信徒に支持されるセルティック、もう一方は、プロテスタント信徒に支持されるレンジャーズ。世界的なダービーと変わらない熱が、信州にはある。だから、ぼくは長野パルセイロと松本山雅が対決するところをこの目で見たいのだ。それはサッカーファンとして自然な欲求ではないかと思う。

 サッカーという競技は、試合によってはまったく面白くない。やる気の感じられないパスが続き、時々ボールを失うと、相手チームもやる気の感じられないパスをしはじめる。結局何も起こらないまま0−0で終わる。そんな試合も正直いってある。しかし、ワールドカップの本戦や、リーグの優勝がかかった試合、カップ戦の決勝などの特別な試合では、強烈な熱気が試合を包み込んでいくことがある。

 絶対に負けたくない。絶対に勝ちたい。観客の熱狂がピッチに伝わり、選手たちのパフォーマンスは天井知らずに高まっていく。そうなると、選手の一挙手一投足に注目が集まる。ただの一つのパスが電撃のように迫力のあるものになる。フォワードとディフェンスの競り合いが、まるで殺し合いでもしているかのように大迫力に感じられる。

 そして応援するチームがゴールをもぎ取ると、魂が絶叫する。声を出さずに座っていることなどできない。どんな人でも立ち上がって拳を突き上げている。逆にゴールを奪われたチームは落ち込んでいる暇はない。その燃えさかる火炎に飲み込まれ、敗北が決まってしまうからだ。スタジアムの熱はらせん状に高まっていき、われわれ観客も飲み込まれていく。サッカーが好きとか嫌いとか、ルールに詳しいとか詳しくないとかはまったく関係がない。熱の入ったサッカーの試合は誰がみてもわかるのだ。このときの没入感と強烈な快楽は、応援をしつづけてきたサポーターの、最大の特権ではないかと思っている。

 信州ダービーは、公式戦においては2011年の8月を最後に10年間開催されなかった。その間、松本山雅は栄光と挫折を味わった。2度もJ1まで昇格することに成功したものの、1度も残留することができず、2021年にはJ2の下位に転落してJ3へと降格した。長野パルセイロは、JFLで2位に入り、入れ替え戦への出場権を得るもスタジアムが規定を満たしていないためJFL残留となった。翌年、新設された長野UスタジアムとともにJFL優勝を飾り、J3に昇格するも、J2への昇格は叶わなかった。

 そして2022年。J3の舞台で、信州ダービーが開かれる。落ちてきた松本山雅にとっても、ずっと上がれなかった長野パルセイロにとっても、J3で試合が行われることは本意ではないだろう。しかし、もし望まなかったとしても、キックオフの笛は吹かれる。そして、試合がはじまれば、自然と熱を帯びていく。これは、信州という土地の運命であり、サッカー観戦を楽しむ上での最高のスパイスである。

 再び動き出した信州ダービーの歴史を前にして、われわれがすべきことは一つ。対戦する両チームとそのホームタウンをよく知り、信州ダービーを全身で楽しむことだ。本家「エル・クラシコ」が面白いのは、レアルマドリードもFCバルセロナも知っている選手だらけだからというのもある。両チームの選手や戦術を自分なりに調べているうちに、それぞれの土地の文化や特産品、美味しいものなどが気になってきて、いつの間にか信州に行きたくて仕方がなくなってくるはずだ。 

 サポーター目線で綴ったスポーツツーリズム紀行は、ぼくの知りうる限りでは類書がない珍書・奇書の類いである。記念すべき第2の珍書のタイトルは『サッカー旅を食べ尽くせ!すたすたぐるぐる信州編』。信州に行ってみよう。歩いてみよう。食べてみよう。サッカー旅にみせられたわれわれの野望は、信州へとたどり着いた。

<スペースが半ページ分あるので、最後にもう一言くらい足すかもしれません>



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スポーツと旅を通じて人の繋がりが生まれ、人の繋がりによって、新たな旅が生まれていきます。旅を消費するのではなく旅によって価値を生み出していくことを目指したマガジンです。 毎月15〜20本の記事を更新しています。寄稿も随時受け付けています。

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タクシードライバー、文筆家、会社経営者。 東京23区を中心にタクシー営業中(休業中)。愛する東京が職場です。 旅とサッカーのウェブ雑誌OWL magazine代表。サポーターを主役にした紀行文を書き連ねています。 株式会社西葛西出版代表取締役社長。本を作ってます。