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【短編小説 ルチアーノ -白い尾のオナガ- 2】Ocean 海

2 Ocean 海

行くあてなどないことはわかっていた。
父さんと母さんを探しに行くことも考えたが、見当がつかない。気の向くまま、しばらく飛んでいると海が見えてきた。沖に出ると、少し先の波間で水面がちらちらと光り、時々何かが跳ねている。その真上までくると、丸く渦巻いていたイワシの群れがさっと二手に分かれた。
「こんにちは」
ルチアーノは近くに浮くブイに止まり、そのうちの一匹に声をかけた。
「やあ。脅かさないでくれよ。カモメかと思っちゃったじゃないか」
イワシは水面にちょこんと顔を出し、大きな目でルチアーノを見た。
「僕は魚は食べないよ」
「それなら安心だ。ところで、この辺りじゃ見ない顔だな」
「僕はオナガのルチアーノ。森から来たんだ。オナガっていうのは、頭が黒くて、尾羽が長くて青いんだ。僕のは白いけど・・・・・・」
「綺麗なもんだな。眩しくて長くは見ていられないが」
「それはいけないことかな?」
「そんなことないさ。綺麗なものは一瞬で充分ってことさ。それはそうと、森の住人がこんな所で何をしているんだい?」
「僕、尾羽を青くしないと仲間のいる森に戻れないんだ」
「そりゃ、大変だ。弱い者は、群れずには生きていけないからな。だけど、君はそんなに弱いのかい?」
ルチアーノは答えられなかった。そんなことは考えたこともなかった。
「ほら、後ろからゆっくり泳いでくるのがいるだろ? 僕達の中でも、まず最初に捕まってしまう者達だ」
イワシが鼻先でくいっと後ろを指した。
「泳ぐの大変そうだね」
「背骨が曲がって生まれてきたり、怪我で弱っていたりするからな。それでも仲間だ」
森にいる君の仲間はそうじゃないのかと聞かれ、ルチアーノはうつむいた。尾羽が白い自分を認めてくれるオナガは、あの森にはもう一羽も残っていない。
「イワシさん、名前は何て言うの?」
考えないようにしていたことを聞かれ、ルチアーノは振り払うように話を変えた。
「名前なんてないさ」
「じゃあ、何て呼べばいいの?」
みんなまとめてサルデSardeって呼ばれてるよ」
「自分の名前は欲しくないの?」
「考えたこともないな」
「そうなんだね。僕の尾羽・・・・・・、どうやったら青くなるかな?」
「そうだな、海の水に漬けてみたらどうだい?」
「それはいい! 僕もイワシさんみたいに青くなれるかもしれない。イワシさん、ありがとう」
「いいってことよ。おっといけない。仲間に置いていかれる。じゃあまたな」
先を行く群れに向かって泳いでいくイワシを見送り、ルチアーノはブイを蹴って飛び上った。

岩場に着き、尾羽を海水に浸した。
時々揺すって、寄せては返す小波に尾羽を任せた。しばらくして尾羽を引き上げたが、青くはならなかった。
「ああ、だめか。別の方法を探そう」
ルチアーノは尾羽が乾くのを待って、遠くに見える山に向かうことにした。


潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)