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【短編小説 ルチアーノ -白い尾のオナガ- 3】Blue Forest アズーラの森

ヘルベルト

3 Blue Forest アズーラの森

ルチアーノはこんもりとした森の入り口に降り立った。
すると木陰から顔を出したトカゲが、打ち込まれた杭の上にちょろりと登って、確かめるようにルチアーノを見た。
「この森に何か用かい?」
「尾羽を青くする方法を探してるんだ。誰か知らないかな?」
「俺も子供の頃は、青い尻尾だったな。俺のでよけりゃ一本あったが、ずいぶん前にアリが運んでいっちまった。しかし、お前さんの白い尾羽も長くて立派じゃないか」
「オナガの尾羽は、青くないとだめなんだ。ところでトカゲさんは、ここで何をしているの?」
「俺はこの森の門番、エドモンドEdmondoだ。ここで森に入る者を見張っているんだ。人間の立てた杭が見張り台にちょうどよくてな。奴らもたまには役に立つことをするもんだ。お前さんは?」
ルチアーノはここに来るまでの始終を語った。
「そりゃ、難儀だったな」
くるりと巻いた尻尾を大事そうになでながら、聞き終えたエドモンドは眉を曇らせた。
「エドモンド、僕はこの森に入ってもいい?」
「もちろんだ。誰かに聞かれたら、俺が通したと言えばいい。なに、心配することはない。この森は平和なほうだ。なにしろ俺が門番だからな。俺がここにいるうちは、おかしな奴は入れやしない」
「僕がここにいるうちも、おかしな奴は入れないよ。だって僕は、これからもっと強く大きくなるんだから」
尻尾の青い小さなトカゲが小石の陰から出てきて、エドモンドの横に並んだ。
「俺の息子、ヘルベルトHerbertoだ」
「僕は父さんの後を継いで、ここの門番になるんだ」
ここは代々我が一族に任されているんだと胸を張るエドモンドの横で、ヘルベルトも負けずに胸を張った。
「長い尻尾は、我が一族の誇りだ。門番の印でもある」
青い尻尾を左右に振って、エドモンドに強くうなずくヘルベルトに、ルチアーノは嘴をくっと引き結んだ。
「カラスに絡まれるかもしれんが、気にしないことだ。あいつらは狡猾こうかつだが、ちゃんと考えているわけじゃない。俺の尻尾を何度もちぎろうとしやがって」
「気をつけるよ。ありがとう」
エドモンドとヘルベルトに別れを告げて、ルチアーノは森に踏み入った。
途端に辺りが静かになった。差し込む日の光は弱く、湿った地面や草陰のあちこちから、小さな虫達がじっと自分を伺っているのがわかった。
「食べたりしないよ。僕は尾羽を青くする方法を探しているだけなんだ」
ぷーんという羽音がしたかと思うと、ルチアーノの頭の上にてんとう虫が止まった。
「この先にブルーベリーの木があるよ。僕達は、アズーラAzzurraって呼んでるんだ。とても青いからね」
「会ってみたいな」
「アズーラなら、きっと君を助けてくれるよ」
ルチアーノはてんとう虫の言う通り真っ直ぐ進んだ。
アズーラはただ青いだけじゃなく、真に優しい。雨宿りをさせてくれるし、卵を嵐から守ってくれたりもする。それも、何も言わずに簡単にやってのけてしまう。僕達はいつでもアズーラと一緒なんだ、アズーラがいる限りこの森は安心なんだと、道すがらてんとう虫は熱っぽく語った。
枝から枝へ渡ることしばらくすると、甘い香りが漂ってきた。ぱっと目の前が開けたかと思うと、ルチアーノは一面を埋め尽くすブルーベリーの木々に出迎えられた。
「あれがアズーラだよ」
小さな前足で、てんとう虫が一際大きな木を指した。
「僕、アズーラに話してみるよ。道案内、ありがとう」
てんとう虫はルチアーノにうなずくと、パカッと羽を開き、来た道を戻って行った。

「アズーラ、僕はどうしたらあなたのように青くなれますか?」
「私達ブルーベリーは察しがいいから、それ以上話さなくてもいいのよ」
アズーラは微笑み、仲間の住む森を追い出されてからのことを話し始めたルチアーノを静かに止めた。
「私の実を食べて、それからすり潰して尾羽に塗ってごらんなさいな」
「なんていい考えなんだ! きっとうまくいくよ」
ルチアーノはアズーラの周りを跳ねまわった。
「さあ、好きなだけ実を採りなさい」
アズーラは両腕を広げた。ルチアーノは二つ三つ実を啄み、少し噛んだ。瑞々しく、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がった。すると仲間の元を離れてから何も口にしていなかったことに気づいた。ルチアーノは夢中で実を摘み、喉の奥に流し込んだ。
腹が満たされると、今度は実を潰し、したたる汁を尾羽に擦りつけた。真っ白な尾羽がみるみる鮮やかな青紫に染まっていく。
「これでどうかな?」
アズーラに尾羽を開いてみせた。
「素敵よ。だけど、あなたの白い尾羽もとても素敵じゃない?」
「白いままだと、仲間の住む森に戻れないんだ」
「本当に戻る必要はあるのかしら?」
「父さんと母さんが帰って来て、僕がいなかったらきっと心配するんだ」
アズーラはすっかり青く染まったルチアーノの尾羽を見つめ、静かに聞くだけだったが、何か思い出したようにひょいと空を仰いだ。
「さあ急いで。午後から雨になるから。気をつけるのよ」
「僕は大丈夫だよ。僕には、この先に明るくて透き通っているものが見えるんだ」
ルチアーノはアズーラに礼を言って、意気揚々と仲間のいる森に向かった。
「あれほど美しい白い羽を見たのは初めてだったわ」
アズーラは周りを囲むブルーベリーの木々にぽそりと言って、ルチアーノが見えなくなった空をいつまでも見上げていた。

潜っても 潜っても 青い海(種田山頭火風)