九月劇場より、平均5分半の「観る読み物」4選

本と美術館が好きな私が最近ハマっている芸人さんがいます。

それがピン芸人・九月さんなんですが、多作の極みなのでいいネタが埋もれがちです。私は、自分の好きなネタのYoutube再生回数がたった140回だととても寂しい。そんな理由で九月さんがYoutubeに投稿しているコント作品約250本の中から、完全なる主観でおすすめを書いていきます。


さて、九月さんのネタには系統がいくつかあって、私はそれらを大まかに「逸脱を愛でる」「悲哀喜劇」「意味あそび」「頭を使わず観るモノ」などと、ストーリーや構成ごとに仕分けています。

その中に、「観る読み物」群と呼んでいるものがあります。繰り出される言葉の中に引きずり込まれるような感覚が、読書の没入感に似ているんですよね。内容は知っているのに、何度も見てニヤニヤしてしまいます。そのなかでも気に入っている4本を紹介します。

進化通販 

舞台は、とある通販番組。そこで売られている商品は "言語" です。この "言語" には初級・中級・上級の3種類のラインナップがあり、それぞれを獲得した犬たちが、その能力のデモンストレーションのために登場するのですが...

(ちょっとネタバレ)言語初級の犬は、世界を細やかな語彙力で分けて認識することはできず、それゆえ深い悩みを抱くことはない。対して言語上級の犬は、悩むことを自らやめて犬らしい役に徹することができる。そのどちらにもなれない言語中級の犬が悩み悶え、つぶやくのは「見てください、ほとんど人間だ。」

「言語初級の犬は、深い悩みを抱かない」と説明しているあたり、言語中級の犬はおそらく言語学の理論『サピア=ウォーフの仮説』なんかを読み解き、理解したのでしょうね...。そこまでできるのに、苦悶から抜け出せないのが、しんどい。流暢に見えて、あぁなんて窮屈な言語中級。

そう、日本語・英語だとかいう言語別のくくりじゃなくって初級・中級・上級というレベル別なんですよね...。同じ言語を話していても分かり合えない人とは、違う言語階層に住んでいるのかもしれない、と思いました。そして"言語" や "犬" というワードに伴う具体的なイメージがないままお話が進むのですが、もさっとした黒いシルエットとかわいい鳴き声なので、秋田犬の子犬か何かかな〜。もっふもふ。ゎんっ。

『進化通販』が強く印象に残っている理由には、珍しく人間以外がメインの語り手であるということもあります。九月作品の大半がシュールな日常風景のスケッチなのに対して、この『進化通販』は強固なファンタジーの世界観を持っています。第9回「星新一賞」が作品募集中だから、応募してほしいくらい。

この作品は「観る読み物」カテゴリだと思ってはいるけれど、作品の後半には観客も巻き込まれて主体性を揺るがされるので、それはコントの醍醐味といったところ。筒井康隆好き・SF好きの友人にもおすすめしやすい一本です。

そして、『野球語』においてもそうでしたが、九月さんは言語の性質や意味構造をとらえるのが本当に巧い方なんだなあ、と思います。言葉あそびをするコメディアンは全世界津々浦々いても、意味あそびをする人ってどれくらいいるのでしょう。言葉から想起されるイメージや意味を縦横無尽に遊び尽くす場としてのコントをするのは楽しそうです。逆に、ダジャレや音数など言葉の音あそび、掛け合いのリズムの妙をコアに据えたネタはあまりないんじゃないかな。音楽ネタはあるけれど...。私はラーメンズの『銀河鉄道の夜のような夜』が大好きなんですけど、そういう要素は出てこない。

関連コント(?):『犬の直球』も、味気のしないものに旨味を見出す絶妙な読解力を見せつけられて好きです。


消えた給食費

九月さんお得意の学校を舞台にしたコント。オチが美しいミステリー仕立てです。主人公の語りに惑わされ翻弄され、大きくふくらんだ話の流れがシリアスな社会問題でも説くのかと思いきや、着地点は灯台下暗し。

笑い自体はコント全体にわたってまんべんなくクスクスっと沸き起こるタイプのものですが、最後の「やられた...!!」という爽快感がすごいです。ほんとに、ミステリー喜劇短編集を出してほしいな...この作品のエッセンスを吸収して、毎日通過する社会の四角いところにもっと豊かな並行世界を築き上げたい...

一方で、生徒に寄り添うような優しい関西弁から始まり、それがどんどん荒い言葉遣いになっていくのを楽しめるのはコントだからですね。九月さんは青森県出身のはずですが、どうして舌を巻きながらの本格的な大阪弁で学校シーンを演じられるんだろう。井筒和幸作品でも見倒したんでしょうか...?巻き舌で話す先生がいることも、5年3組の治安の悪さ演出に一役買っていますね。


冷蔵庫を疑う

冷蔵庫は、外からみても中が冷えているのかはわからない。扉を開けて中が冷えているのを確認して初めて、目の前のその筐体が「冷蔵」/「庫」だと安心することができる。そんなふうに毎日冷蔵庫を疑うことに囚われてしまった男と、彼を訪れた父親のお話。

人間の身体の機能の拡張、あるいはサイボーグ化された人間の一部とみなせる他の家電に比べて、ものを冷やし続け、そしてその動作が外からみてもわからない冷蔵庫は独立した奇異な存在。自分から遠いところにあるその家電がどうにも不安をかきたてるのは、すこし理解できる気がします。

これを見てから、私もちょっと冷蔵庫を疑い始めました。ごはんを出そうとおもって冷蔵庫に手をかけると、毎回「ちょっと待てよ、これは本当に冷蔵庫なのか」となります。どうして。

これは、もともとYoutube動画が上がる前にnote版小説がありました。でもコント版がオリジナルのようですね。なので、観る読み物というよりはメディアミックス作品なのかもしれません。コント版は、喋り方につっこまれて動揺したり、倒れた父親をちゃんと心配していて人間味があって安心できる...そしてコントの主人公が書いて持ち歩いている手記だと思ってnoteを読むと、その偏執さも繊細さも愛おしく感じます。

今回これを書くために動画を見返していて、「開けないと機能しているかわからない」、「疑い続けると機能を失う」ということは "友達" とか "恋人" というラベルで包装された人間関係にも言えるかも、とふと思いました。そういえば、境界線がふんわり恣意的な言葉でかこった居心地の良さを疑い、目の前の人との関係性をむやみに開け閉めしたことがあるかもしれな................わーーーーーーーーーーぁぁぁaasdfghjkl: ごめんなさいごめんなさいごめんなさい(思い出しパニック)

同じように、理学部棟の幽霊にYoutube版note版がありますね。

愛と豚骨

最後に短く濃厚なお口直しを。

じっくりコトコト煮込んだ豚骨スープに愛着が湧いて食べられなくなった主人公。どんなに豚骨スープがかわいいか饒舌に語り、悩んだ末に導き出す愛の行為とは。

まず『愛と豚骨』という熱苦しい文字面がいいなと思ったので、読み物カテゴリに入れました。この豚骨は、とんこつでもトンコツでもなく、豚骨と書きたい。

それから、「俺、こいつが水道水のころから見てるのよ」(そっか、水道水が基礎部分なんだ...)と「愛って大体迷惑だろ!」(わかる、そしてわかりたくない)のセリフが好きです。

最後に主人公はとっぴな答えを出すのですが、愛の大きさゆえどんどんずれていく思考回路にはちょっと既視感を覚えてしまって、フィクション内の他人事としてさっぱりと笑い飛ばすことはできませんでした。ちょっと複雑な思いです。

ちなみに、『愛と豚骨』をグーグル検索したら、本作品リンクと対になって、米津玄師さんの『馬と鹿』が表示されました。米津さんの強さ...

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[追記]

検索で思い出したんですが。そういえば九月さんのYoutubeチャンネルのサムネイルが、あらすじ入りになっていました。

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以前はタイトルが明朝体で入っているのみだったので、見やすくなりましたね〜。

そう思ってチャンネルのトップ画面をスクロールしていると、九月さんがご自身で「種類・話題別」再生リストを作成しているのを知りました。

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...妖...怪? 

次回(があるなら)、九月コントにまとわりつく民話の香りにフォーカスしてみるのも面白いかもしれません。

長くなりましたが、読んでくださってありがとうございました。

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