「ヒロインレース・デストラクション」第一話

【場所:旧校舎にある大きな部屋】
時間:深夜。

ソファでだらしなく横になる仮面の男の姿がある。
男はパーカーを羽織り、頭から被っていて容貌はわからない。
彼の周囲には、無数の原寸大人形が立っている。

仮面「ようこそ、ヒロインを決めるサバイバルレースへ」

見開きでヒロイン5人がにらみ合う姿。

【場面:学校の教室】
時間:朝

草場メイは同じクラスの本屋悠と話す。

モノローグ「本屋悠」

本屋「昨日新しい小説買ったんだ」

モノローグ「草場メイ」

メイ「へー。おしゃれな表紙」
本屋「女の子が、記憶をなくした男の子を想い続けるっていう話なんだ」
メイ「なにそれ、せつな! エモ! 今度私も読みたい」
本屋「うん、読み終わったら貸すよ」
メイ「サンキュー本屋ホンヤ。やっぱ本屋って名前だけあるね」
本屋「そこは関係ないけどね……」
メイ「もしさ、私が記憶なくしたらどうする?」
本屋「うーん。記憶を取り戻すか、もう一度……メイに僕を好きになっても
らうか、かな」
メイ「ば、ばか! 平然とそういう事言うな!」
本屋「え? ああ、そうだね」

そのあとメイは本屋にこっそり耳打ちする。
メイ「でも……私もそうする」

二人で笑い合う。

【場面:外で友達とベンチに座ってサンドイッチを食べるメイ】
時間:昼。

メイ、ぱちぱちと目を瞬きさせる。

モノローグ「それは突然だった。何の前触れもなかった」

メイが自分の下腹部が温かく感じることに気づくと、
痛みとともにそこが光り始める。

メイ「ぐっ――い、痛ッ――」

机から崩れ落ちるメイ。
誰もが、それに気づかないかのように無視する。
呼吸荒く床でうずくまるメイに、悠がかけよってきた。

悠「どうしたの草場、大丈夫?」
メイ「はぁ、はぁ――本屋ホンヤ――? あれ?」
メイ(痛みが引いた――)
メイ「大丈夫。いきなりお腹痛くなったからびっくりして」
悠「そっか……もしまた痛くなるようだったら、病院行ったほうが
良いかもね」

メイ(なんだろう、なにか――他人行儀っていうか、違和感が)

【場面:メイの部屋】
時間:深夜。

深夜、自分の部屋で椅子に座り改めて下腹部を確認するメイ。
そこには、奇妙なしるしが浮き出ていた。

メイ(きもちわる……なんなんだろ、これ)

その時、突然仮面の男が彼女の部屋の扉を開けて入ってくる。
呆然とするメイを他所に、男はベッドに座る。

仮面「おめでとう、草場メイ。お前はヒロインとして覚醒した。この
世界におけるメインヒロインになりうる存在として」

メイ「は……?」

仮面「安心してくれ。デスゲームとかじゃない。ただのヒロイン
レースだ。聞いたことないか?
一人の男に対して、複数の女から誰が結ばれるかを決めるレースだ」

メイ「言ってる意味がわからない」

仮面「お前、本屋悠と付き合ってたよな?」
メイ「!?」

仮面「この世界にはな、主人公とヒロインが一対存在するんだ。
本屋悠あれは主人公として選ばれた。ヒロインは……お前を含めてたくさん」

メイ「なに馬鹿なこと……」

仮面「下腹部に、変な紋様が浮き出たろ?」
メイ「!」

仮面「それはヒロインのしるし。主人公とヒロインが定義されたこと
で、お前と本屋悠の関係は後退ロールバックした。
普通の幼馴染程度――ってとこか。
もしそれを不服として、メインヒロインの座を目指すならこのヒロインレース
に参加すると良い」

メイ「レース? 私は、どうすればいいの」

仮面「なにもしなくてもいい。ただしメインヒロインになれなかった瞬間、
お前は永遠に本屋悠を思い続けるだけの人形になる。
それが幸せなら、止めねえぜ」

メイ「そ、そのメインヒロインってのになるには、どうすればいいのよ」

仮面「ハッ――教えねえよ。ヒロインには平等にしないとな」

メイ「ざけんな――!」

メイ、スマホを投げつける。男は消失し、スマホは壁に当たる。

メイ(……私と本屋ホンヤの関係が巻き戻った?
だって、朝まで普通に話してたのに……・あんな普通に)

朝のことを思い出し、感情が処理できずに涙をこぼすメイ。

涙の後が乾いた顔で、メイは本屋の言葉を思い出す。

「うーん。記憶を取り戻すか、もう一度……メイに僕を好きになっても
らうか、かな」

メイ(もう一度、本屋ホンヤに私を好きになってもらう……
できるかな……)

弱気になるメイだが、すぐに両手で頬を張って気合を入れる。

メイ(やってみせる。強くならなきゃ――もう一度本屋ホンヤ
一緒に生きていくために――)

【場所:登校時の道】
時間:朝

本屋悠の見た目は、眼鏡をかけた優男。
メイと悠は一緒に登校のために道を歩いている。
悠は本を読みながら歩く。

メイ「本屋ホンヤさあ、歩き読書はどうかと思うよ」
悠「スマホと違って合法だから……」

つんのめる悠。それを倒れないようにメイが助ける。

メイ「合法でも危ないもんは危ないでしょーが」
悠「そうだね。やめておく」
メイ「素直でよろしい!」

メイは悠の頭の上を見た。
好感度上昇を示す光と音が鳴る。

メイ(こんなもんか――この表示も見慣れたな)

【場所:学校校門前】
時間:朝

友人を見つけるメイ。悠から離れてそちらへ向かう。

メイ「おーっす」

さりげなくメイはスマホで自分の残り時間を確認する。
「本日の接触可能時間、残り35分」

メイ(一日に使えるイベント時間は限られてる。朝は切り上げておこう)

モノローグ「あの日以降、いつの間にか私のスマホには
HEROSっていうアプリがインストールされていた。
ちゃんと理解できてるかは怪しい。
あと、これ――スマホ買い替えたらどうなるんだろ……?」

【場所:廊下】
時間:朝

モノローグ「ヒロイン候補者、柳ヶ瀬島虎やながせ しまとら

島虎「相変わらずの間抜け顔ね、悠」
悠「そっちこそ、相変わらずツンツンしてるね」
島虎「べ、べつにツンツンなんてしてないわよ!」

メイ(島虎は今日もツンデレ攻勢か。学校内だと候補者の干渉
が多いから非効率だってのに、よくやる)

島虎「なによメイ、あんたなにかいいたそうね」
メイ「べつになんもないよ。いつも通り仲良さそうだなって」
島虎「こ、こんな眼鏡と仲良くなんてないんだから!」

スマホに「アシストボーナスが島虎に付きました」という通知。

メイ(くっ……巻き込まれた上に、アシストまでさせられた。
島虎は面倒だから関わりたくないわ)

【場所:図書室】
時間:昼

モノローグ「昼休み――」

図書室にこっそり忍び込み、悠の様子を伺うメイ。
悠はテーブルに座って本を読みながら弁当を食べている。

メイ(毎度のことながら、ほんと本が好きなやつ)

かつて、一緒に図書室で隣り合って座りながら本を読んでいたことを思
い出す。少し懐かしさでメイは切ない表情を見せる。

彼が座るテーブルの反対側には、眼鏡をかけた少女の姿がある。

モノローグ「ヒロイン候補者、女淵鳴美めぶち めいみ

鳴美「この間借りられていった本、どうでしたか?」
悠「面白かったです。動物の知覚する世界って面白いんです
ね」

メイ(女淵先輩は一見地味だけど、美人だし年上属性に加え
て、本好きっていう共通の趣味を持ってるところが手強い。
ま、この距離感でしか話してないうちは脅威ではないけど――)

【場所:階段】
時間:昼休み

図書室から悠が教室へ戻るのを確認し、メイも戻ろうと階段をのぼる。
すると、階段の踊り場で悠が一人の少女を押し倒しているのが見えた。
少女はノースリーブのパーカーを半袖制服の上に着ている。

悠「ごめん、気づかなくて!」

モノローグ「ヒロイン候補者、古河ふるかわねるり」

ねるり「……別に、問題はない。ちょっと頭を打っただけ」
悠「それ、やばくないか? 一緒に保健室へ行こう」
ねるり「だいじょうぶ。大したことはないから。それより、立ち上が
りたい」
悠「ご、ごめん!」

慌てて立ち上がる悠。続いて、ねるりが立ち上がる。

ねるり「それじゃ」
悠「うん、本当にごめん」

そのあと、メイとすれ違うねるり。

ねるり「気にしないで。前も言ったけど、私は消極的参加だから」
メイ「あなたがそれ言われた側だとして、信じる?」
ねるり「……ああ、そうか」

メイ(天然なのか、とぼけているのか。どちらにしても、油断ならな
いやつには違いない)

メイ「あとパーカー暑くないの?」
ねるり「とれーどまーく、だから」
メイ「そ」

階段を降りるねるりの姿を見つめるメイ。
不意にねるりがメイの方を振り返る。あわてて目をそらすメイ。

【場所:下校時の校門前】
時間:放課後

下校する生徒を横目に、メイは校門前で悠を待つ。

メイ(あいつがいつ帰っても良いように、最速で待ち伏せる。
残りのイベント時間は無駄にしないわ)

悠「あっ」
メイ「おー、本屋ホンヤ。帰ろっか」
悠「うん、そうだね」
メイ(自然に振る舞えたはず――)

【場所:下校時の道】
時間:放課後

帰りの道を悠とメイが歩く。

メイ「今日は暑かったね」
悠「そうだね」

メイ(虚無会話はまずい……少しでも好感度上がる会話
しておきたいけど……)

そう考えながら、虚しさを感じるメイ。

メイ(そういえば、つきあいたてのころにもこんなことあったな。
付き合ったって事実に緊張して、お互いうまく喋れなくて――)

昔を懐かしみ、メイは思わず本音を喋る。

メイ「わたし――本屋ホンヤのこと、絶対救ってみせるか
ら!」
悠「え?」
メイ「あ、いやその……ごめん、変なこと言って」
悠「ううん、僕って頼りないから、きっと草場さんもそう思うんだろう
ね。ありがとう」

メイ(草場さん、か)

感謝の言葉を口にする悠。
だが、彼の頭上を見ると好感度はほぼ上がっていない。
虚しさを強めるメイ。

そのとき、彼女のスマホが通知で震える。
「新ヒロイン接近通知」
メイはそれを確認して、顔色がこわばった。

(新ヒロインが覚醒めざめた――!)

直後、ツインテールの少女が走って悠に体当りしてくる。

モノローグ「ヒロイン候補、雷鳥沢らいち」

らいち「こんちはー!」

メイ「わああ本屋ホンヤ!」

少女の勢いでそのまま地面に倒れる悠。

悠「な、なにが」

らいち「んふふ、せんぱーい♡ ずっと探してたんスよ」
悠「キミ、だれ……」
らいち「かわいいらいちちゃんッス!」
悠「河合らいち?」
らいち「かわいい雷鳥沢らいちょうざわらいちちゃん! かわいいは枕詞!」

彼女の勢いに押され、メイは一歩引いてしまう。

メイ(なんなのコイツ……!)

メイ「ね、ちょっとどきなー?」

メイはらいちを雑に悠から離すと、悠を立ち上がらせた。

メイ「だいじょうぶ本屋ホンヤ?」
悠「うん、少し脳が揺れたくらい」
らいち「えー大丈夫ッスかー? ごめんッス!」
メイ「あんた、一体何なの」

らいち「私、悠先輩のことずっと気になっててぇー。
今日ついに声をかけさせてもらったのです!」
メイ「声じゃなくて体当たりしかけてるよね?」
らいち「私の愛がちょっとはみだしただけッス!」
メイ(コイツまじなんなん……)

らいち「センパーイ♡」

抱きつきに行くらいちをメイが彼女の頭を抑えて止める。

【場所:悠と別れた後の道】
時間:放課後

下校イベント終了後、学校へとUターンするメイとらいち。
その途中、メイはライチに詰め寄る。

メイ「どういうつもり? 人のイベント時間を邪魔するなんて」
らいち「ヒロインに与えられた時間は平等。いちいち配慮してた
ら、私の時間なんて使えなくなっちゃいますよねえ?」
メイ「いい度胸してるわね。この私に喧嘩売るとは」

らいち「なにいってんスか? メインヒロインの座を手にできるの
はただ一人、誰相手だろうがかんけーねーでしょ。
ランキング一位の草場メイさん♡」

【場所:旧校舎にある大きな部屋】
時間:不明

ソファで横になりながら、仮面の男がスマホを見つめる。
すでに旧校舎の部屋にある大きなテーブルを囲んで、島虎、鳴
美、ねるりの三人は椅子に座っていた。

仮面「通知にあった通り、新ヒロイン覚醒時にはここに来て顔合
わせをしてもらうぜ。そのほうが、仲良くやれるだろ?」

島虎「ふん……なにが仲良くよ、性格悪っ」
鳴美「同感です。システムが私達を争わせようとしてるのに」

仮面「おーおー言うねえ。結果として争ってるのは君たちだ
ぜ?」

ねるり「……」

そこへ扉をバタンと開けて入ってくるメイとらいち。

メイ「遅れたけど問題ないわよね?」
らいち「仲良く遅刻ッス」

仮面「ルーズなのは好きじゃない――が、問題はないさ。
俺からの報告事項はたった一つ。
新ヒロイン雷鳥沢らいちの覚醒を祝して、
スタートダッシュキャンペーンを行う」

メイ「は?」

仮面「5人ともなると、最後尾のらいちは不利だよな?
それを是正するための措置だと思ってくれ」

島虎「面白いこと言ってくれるわね」
鳴美「具体的な話が聞きたいです」

仮面「まずはランキングを見ておこうか」

ランキング一位 草場メイ(-) 好感度110 レベル5
ランキング二位 女淵鳴美(↑)好感度55 レベル3
ランキング三位 柳ヶ瀬島虎(↓)好感度50レベル3
ランキング四位 古河ねるり(-)好感度32 レベル2
ランキング五位 雷鳥沢らいち(新)好感度9 レベル1

上記のランキングが各人のスマホに表示される。

仮面「今後は、このランキングをスマホで確認できるようにな
る。続いて、らいちに対してスタートダッシュ優遇措置が与えら
れる。膠着したランキングなんて面白くないからな。
キャンペーンは今後も続くから期待しててくれよな!」

島虎「その仮面投げ捨ててぶん殴りたい」
鳴美「同感です」
ねるり「……」

らいち「いやあ、悪いッスね。でも私不利だしこのくらいあって
イーブンってことで」

まわりを見ながらにやにやするらいち。
そこでメイは立ち上がり、テーブルを叩く。
全員の注目がメイに集まる。

メイ「はっきりしておくわ。なにがあろうと、私が絶対に勝つ。
そして――本屋ホンヤをこのクソみたいなレースから解放
してみせる」

仮面「……へぇ」

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