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NODA・MAP 番外公演 『THE BEE』一言雑感―悪の目覚め、鮮烈に 阿部サダヲ版「井戸」【2021/11/30】

日本で9年ぶりに再演されるNODA・MAP 番外公演 『THE BEE』を観た。私は2006年6月、ロンドンでの初演を「目撃」した。たまたま計画していたロンドン旅行のついでにチケットを買っただけだったが、強い衝撃と衝動を受けた。その思いを伝えたい一心で、気が付けば劇評まがいの記事を書いていた。それまでは「観る側」専門だったのに。演劇記事のデビューとなった『THE BEE』は、私にとってもメモリアルな作品だ。それ以来、海外ツアーを除けば、可能な限り再演を観ている。

今回の一番のトピックスは、これまで出演してきた作・演出の野田秀樹が出演せず、主役のビジネスマン井戸を、阿部サダヲが演じていることだ。持ち前の身体性を発揮し、野田を彷彿とされるパフォーマンスを繰り広げつつ、井戸という男の内面の新境地を見せてくれた。

それまで善良な小市民だったはずの男の内部に潜んでいた「悪」が、事件に巻き込まれるうちに目覚めていく。井戸が目をカッと見開いて狂喜する場面は、鳥肌がたった。野田版井戸は、不可抗力によって「善」が「悪」へと墜ちていくさまを、透徹した自意識で俯瞰しているような感じを受けたのに対し、阿部版井戸は自ら率先して「悪」になっていく。それに伴い、井戸と逃亡犯の小古呂おごろ という2人の男の相似形が、より浮き彫りになった気がする。人質にしている互いの妻子の指を切断して送り合う、おぞましい〈贈与と交換〉によって共犯関係はより深まっていくのである。

「悪」がパワーアップした井戸による暴力性が激しさを増している。人質にした小古呂の妻(長澤まさみ)を引きずり、蹴る場面は、思わず目を背けてしまった。

中東や香港、ミャンマーなど、世界中で繰り広げられる蛮行と暴力は、既に自明のものとして在る。2006年の初演で観客を震え上がらせたボキッボキッと指に見立てた鉛筆を折る音も静かになり、当然のこととして流れていく。コミカルなやりとりで観客席から漏れる乾いた笑いが印象的だった。『THE BEE』で笑いが起きるとは。

闇はより深く、世界はよりシニカルに。2021年の 『THE BEE』は、そんな世界の写し絵を見せてくれた。


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