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ー詩ー 『執着』


私が引き止めたものは 
押しなべて腐敗を始め

甘くさわやかな香りは
いつしかプツプツと発酵を開始し
ゆっくりと酸味を帯びてくる

やわらかく握れば
楽しげに握り返してきた 初心(うぶ)な手は

いつしか潤いを失くし 凝固したまま融け合わず


時間はもったりと纏わりつき
一足ごとに 鈍重さを増してゆく

その遅れを取り戻すかのように
徐々に鼓動は速まって

虫一匹鳴かぬ晩ですら 
私を眠らせてはくれない



そうして震える心臓が限界を捉え
いよいよ破裂しそうになった その瞬間

無理に押し付けられた磁石の極は
ポンッ!とはじけて 吹っ飛んだ

私たちは宇宙の彼方に吹き飛ばされて
互いの姿は視界から消え失せた


喪失の悲しみと
喪失の終了による安堵の中に
蹲(うずくま)る




忘却の幾時か

焦点を結ばぬまま揺蕩(たゆた)っていた私の意識は
また生まれるに十分な時を過ごした後
ふと ある気配に引き止められる

彼方からと思われたそれは
どうやら私の胸の奥から聴こえてくるようだ


止まりかけのオルゴールの
小さな息みと共に産み出される
軟弱な赤子たちは

目いっぱいその手を虚空に伸ばし
前後の姉妹たちと結び合い
つたない喜びの旋律を紡ぎ始める


意識は徐々に照準を合わせ
さらに耳をそばだてる

やがて視力を取り戻した私の眼(まなこ)は
驚きと既視感をもって発見するのだ




あぁ お前は

あの時耐え切れず 手を放してしまったもの
失くしてしまったと思っていたもの

そうか お前はそこにいたのか
私はただ お前の影を掴んでいただけ

お前に姿など無かった
お前はそこにいたのだ

そう
ただの一度も 離れたことなどなく


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