この世のもの

産まれたばかりの赤ん坊は
まだこの世の者ではないんだよ

そう教えてくれたのは　祖母だった

いっておいでと　励ます声と　
早くおいでと　呼ぶ声と

暗い川を一人下る
優しい花籠に守られながら

すっぽりと胸に抱かれ
頬ずりされて
湯につかり
乳を飲む

コロンコロンと鈴の音を響かせながら
ギーコギーコと櫂をこぎ

ゆっくりと此岸に近づいて

幼い掌を愛でられ
柔い足裏を撫で擦られ
愛おしむ声をかけられながら

赤ん坊の中の　この世のものは
ぼんやりと輪郭を表してくる

いつしか励ます声が遠のき始め
その窮屈な衣に馴染み始めた頃

甘きソーマに別れを告げて
いよいよ　この世の者となるために

最後の杭が引き抜かれ
静かに　進水式が始まる

長い航海　いろいろとありますけれど
それはそれで　なかなか滋味深い体験だとも思いますよ

ときにかすり傷で済まないこともありますけれど
あなたの目は　希望に輝いていますから

どうぞ道中　喜び多くありますように

　　　　　Photo by ALOHADESIGN さま　ありがとうございます。