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天才の条件 〜凡才の中学生が覚醒した日〜

先日、突然入ってきたLINE。


僕が塾講師をしていた頃の生徒が、難関有名私大に推薦で入学することが決まったそうだ。


遡ること三年前、僕が大学2年生の頃の初夏。



その時、成績の芳しくない一人の中学三年生の少年がいた。


成績が伸び悩み、当時のその少年の担当の講師も、少年の志望校の科目の難しさもあってか、今後教え続けることを諦めかけていた。



彼の伸び悩む科目は、数学だった。

僕は文系でありながら、高校生の時は「大学への数学」(東京出版)を携え、飯も忘れるほどに数学に狂っていたから、直感で力になれると思った。



そこで彼の数学を受け持つために、真っ先に僕が手をあげた。



これは、この一見不器用な少年が、間も無くして天才的な才能を発揮しつつ、儚くも最後は散ってしまった、彼と僕の八ヶ月間の物語。




サッカーに対する異常なまでのストイックさ

僕が彼に目をつけた理由は、彼がありえないほどのサッカー好きで、朝から晩までサッカーのことを考えているところを知ったからだ。



僕には到底理解が及ばないのだが、サッカーのことになると我を忘れて没頭し、学校の昼休憩の時間ほど分からなくなるそうだ。




とんだ妖怪がこの世にいるんだなと、塾の講師室でカロリーゼロサイダーを飲みながら、他人事のようにカルテを読んで眺めていた。




今、この2020年5月23日まで、僕がハマったことを強いて一つあげるとしたら、大学受験のためにやっていた数学だろうな。


苦手克服のために始めたはずだったのに、尊敬するチューターの鶴の一声で、理系受験生が取り組む「大学への数学」へ手を出したと思ったら、毎月の増刊号を購読し、同社の主宰する学力コンテストに解答を提出し、何度かランキングに掲載された。



誰がどう解いても答えが決まっているという、世界一綺麗な数字の論理

に感動し、朝から晩まで、英語の時間も日本史の時間も、寝る間も惜しんで没頭した。



数列が好きで、「漸化式を見ると勃起する」と呟いたら数百のファボがつくくらい、僕の数学狂は高校で浸透していた。



まあそれでも、僕のこの中途半端な「好き」は、彼の没頭には及ばないし、重ねてしまうことは恐れおおい。


ただなんとなく、力になれると過信したことから、僕らはスタートしたのだ。



当時の少年は、サッカーとは裏腹に数学に関しては、足し算も指を使うほどに不慣れな六歳児だった。



しかも全然数学に興味を持たない。


僕が監査論を最後まで嫌いだったのと同様に人は、興味がないものについてテコ入れされても振り向きもしないのが普通だ。


しかしどういうわけか彼は、この後間も無くして変貌する。



貪欲な精神が覚醒を呼び込む



彼を見ているのはちっとも飽きなかった。

なんでこんなにも飽きないのかと、講師室からサイダーを飲み、ゲップしながら彼を遠くから見ていたら、気付いたのだ。



サッカー好きのくせに、一度席に着くと何時間も立ち上がらない


のだ。これは!と思って飲みかけのサイダーを置いて彼のところへ行った。

そして、ゲップを抑えながらこう言った。


「お前、サッカーやってる時と同じ感覚で勉強してみろよ、うっ(げっぷ」



少年は生意気だった。

「うっせーな、今勉強してるから喋りかけんなよ!サイダーの蓋閉めろよ!」



僕は縮こまってサイダーを飲みこすことにした。そしてわかってしまった。


こいつ、ハマるタイプだ。



そしてその日から彼は変わり出した。

没頭するサッカーの感覚を、勉強に、数学に投影し出したのだ。



僕は簿記や管理会計論の知識の何千倍も文系数学の知識があるから、当然僕が中学数学を教えることによって彼は数学を好きになり、真面目に取り組むようになった。



彼が数学にのめり込むようになったのが10月、ちょうど慶應義塾の銀杏並木が色づき出す、寒くなり出した頃。



あいつ、間に合わないのかな、そう思いながら、ある日の22時、僕は行きつけのドトールに入った。



そしたら、勉強に狂い出したあの少年がガサガサと計算用紙を散らかしながら、席を三席分占領して僕がふざけて出題した開成高校の難問を解いていた。



僕は話しかけようとして肩を叩いた。

そしたら、気付いた少年が恥ずかしそうに大声で言った。


「うお!びっくりしたなあ、今忙しいんだよ!
てか何でいるんだよ!今日はサイダー持ってねえのかよ!」



塾の外ではハイボールを飲みながら歩いてるからサイダーなんて飲むわけねえだろって言って喧嘩になりそうになったが、微笑ましく見守って去ることにした。




僕は最初から気付いていたのかもしれない。彼がここまで変わることを。



サッカーに狂う少年の姿は、アフリカで水を請う子供のように貪欲だった。



一度数学の楽しさに味をしめ、水を得たその魚は、誰も追いつけないスピードで突き進んでいった。第三者の立場から、こんなにも見ていて興奮することはなかった。



そして迎えた第一志望の高校受験の日、僕は短答式試験が近かったので立ち合っていない。


しかし。


少年はインフルエンザに罹患した。



僕は最後に授業した2月上旬から、今になるまで一度も少年と会っていない。



彼は第二志望である、難関の公立進学校にすすんだらしい。


少年曰く、どうも僕にはもう顔向けできないと言って、親御さんからその旨の連絡をいただいたのだ。電話も代わってくれなかった。



僕は23年間生きてきて、いろんな優秀な方々を見てきた。

しかし、僕がぶっちぎりで天才と思う人は、当時のその、中学三年生の少年だ。



突き抜けられる天才の条件


麻薬を入れたように、一つのことに没頭して周りが見えなくなる状態。



このフローに入り込める人間は、短期間で何事も駆逐できてしまうと思う。



僕には残念ながらこの才覚がないが、少しだけ高校生の時の自分と、あの少年のひたむきな姿が重なる。


僕は、道の途中で迷って諦めてしまったが、彼は最後まで走り抜けた。

そしてそれは今も変わらない。



「すやき先生。お久しぶりです。私大の〇〇大学に推薦が決まりました。

あれから数学好きが昂じて、今では偏差値70で学年一位になりました。先生のおかげです。」


と言ってくれたが僕は本当に何もしていない。げっぷしながら一声かけただけだ。そしたらお前、勝手に走り出して、気付いたら遥か彼方にまで行ってしまったんだよ。



結局のところ、

覚悟を決めること。貪欲になること。そして没頭すること。


この三拍子が揃った時、個人は、国家よりも強くなるくらい無敵になる。



まあ飽き性で自分にすこぶる甘い僕にはできないけど。



あの少年が、フォロワー10万人になった時のこのブログをいつの日か覗いてくれることと、さらなるブーストでこれからも突き抜けてくれることを祈っている。



その日には、ビッグになりすぎた彼を見て、むしろ僕の方が顔向けできなくなってるのかもしれないけれど。

♪FLOWER FLOWER『夢』

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