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女の子の魔法の話

はじめの記憶は七五三。

着物にはたぶんすんなり袖を通した。髪もおとなしく結ってもらった。コンプレックスの、エラの張った四角い顔も、無防備に晒していた。たぶん。よくも悪くも記憶にないから。

口紅のことだけは、いやによく覚えている。赤いベタベタしたものを唇に塗られる。もともとぽってりした唇が、鏡越しに余計に腫れ上がって見えた。クリッとしたいかにも子供然とした顔立ちに、異様に赤い紅はちぐはぐに見えた。私は幼かったが、はっきり自覚した。

くちべに、すきじゃないな。

成人を超えた今、化粧全般が苦手だ。ファンデーションは毛穴が窒息しそうだし、チークは不自然な人形みたい、アイラインはクマの延長線に見えるし、コップにつく口紅がなまなましい。

化粧が下手だからだろうか。そうじゃない気がする。友達が化粧でかわいく変身しているのを目の当たりにしても、化粧で憧れの女優さんに近づけるとわかっても、かわいいなあと思うが、ただただ思うばかりだ。ちっとも魔法がかからない。

私以外の女の子にはどうやら魔法がかかっている。その魔法がかかると、皆「私も化粧が上手になって、もっと可愛くなりたい!」と思うようになると聞いている。口紅一本で気分が上がったり、化粧のノリの良さにその日一日のテンションを左右されたりする。

皆どこでその魔法がかかるのだろう。家で?学校で?憧れの芸能人を見て?異性の目を意識して?

女の子の魔法のかかってない私も、気まぐれに化粧をしてみたりする。友達が「似合うよ」と選んでくれた口紅をひく。褒められるのは、なんだって嬉しいし、なるほどやはり、似合う化粧をするといつもより健康で艷やかな女に見える。鏡の前で一人満足し、上機嫌で家を出る。だけど、私はだいたいどこへいってもすっぴんなので、口紅をひいているだけで、お、と声がかかる。

今日はちゃんと化粧してるね

大人の女性だ〜

皆嬉しそうにいう。私は途端に悲しくなる。そちら側に私はいない。化粧をするのは自分のためだと、女の子たちは口を揃えるが、その一方で化粧は、性別を対外にアピールする絶対的なアイコンだと思う。ごっこ遊びをしているだけの私は、緩やかに絶望する。

女の子たちが化粧の魔法で得る安らぎを、私は化粧では得られない。薄皮をはぐように化粧を落とした肌に、柔らかく当たるタオルの感触と、きみに頬ずりしたときの、みずみずしい頬に、頼らせてくれ。








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