見出し画像

第24回 君、音、朝方、etc 【私的小説】

横顔を見る。
彼は少しずつ、こちらを向く。
私は動かずにいる。

 響一は朧気ながらも確かに話した。

「5年前、当時、叔父と大地さんを僕は会わせたかった。叔父から紹介された表現物や言葉を大地さんにぶつけたらどうなるか、と僕は期待していた。 
 一度、叔父が失恋した時、ずいぶん助けられた曲があるって、君に前話したけど、その曲を大地さんに聞かせたことがあった。喫茶店で僕のスマホで彼に聞かせた。一度聞いた後、彼はポケットから煙草を取り出し火をつけた、」

「その後、彼は目を瞑って曲を聞いた。その間、一度も煙草は吸わなかった。煙草の先から出てくる煙を、僕はただ見ていた。
『良い』と彼は言った。『人に恵まれてるな、君は』と大地さんは言った。その時の柔らかな表情を僕は忘れない。彼は人生で人を愛し、愛されてきたのだと、今振り返って思う」

「適当なこと言わないで」
 響一は悦に入っている、そう私は感じる。
「初めて僕らが出会った時、その時の歌を君は聴いた。それだけでいいんだ。僕は君を知らなかったけど、今は知っている」
「彼がどこにいるのかは知らないんだ」
 響一は頷く。 私は言う。
「嘘はつかない、隠し事はしない」 
「分かっている」
 彼は落ち着いた様子でいる、私はどうだろうか。

 響一は言う。
「僕が大地さんについて、知っていることはこれだけだ。言葉にすると薄いかもしれないけど、彼には言葉にできない何かがあった。君と同じように」

「全て教えてほしい。その人の全てを。響一君が嘘をついていると私は思わない」
 響一の中にいる私の父の姿を訪ねる。
 私の問いかけに彼は遠くを見た。
「誰にも言わないって決めたことなんだけど」
「言う必要はない」と私は応える。
 もう含まれていた。

「大地さんはこの街にいる僕に、今どうだ、と言った。まるで全てを分かっているようだった。僕の現状を、やり切れない思いを、日々を。お前の歌を歌え。それをいつか俺は聞いたと彼は言った。今もお前の歌を聞く人間はいる。やめなければ、と彼は言う。 そう言ったんだ」
 響一は泣いている。静かに涙は頬を伝う。

 内面にある不格好な輪郭をなぞる、彼は言う。
「弱いってもう知ってる。自分が弱いことは恥ずかしいことではない。大地さんからはそのことを教えてもらった。僕が学んだんだ」
 湯呑を口に運ぶ。その時私ができた精一杯のことだった。
 響一の声を聴いている。
「彼は、そのことを信じていると言った。いつかの歌は今の歌であり、これからの歌である。そう僕は学んだ。学ぶこともなく知った、知る、今を」
 響一と父との絆を知る。
 つながりは私にも今、届いている。
 
 立ち上がり、カーテンを開けた。
「照明、消して」と言う。
 彼は照明を消す。
「遠く、遠くを見て。思って、」と私は言う。
「何も見えなくても思って」 静かに叫ぶように言う。 

 やがて、子供みたいに声を出し、響一は泣き出す。
 小刻みに息を吐くように嗚咽する。私は何も言わずにいる。何かを言うことで全てが消えてしまう。
 時間が過ぎる。私の中で音楽が鳴る。いつか響一が聴かせてくれたメロディーを、なぞるよう胸に歌う。声に出さなくとも彼には伝わる。
 そんな気がする。

「大地さんに託されたことは、僕はもう出来た」と響一は言う。
 
 鼻をすすりながら、涙声で言う。
「彼の震えを君は感じた。それができればいいと、望んでた以上に、君には伝わったと、僕は思っている。それが、大地さんの狙いだったかは分からない」
「まずまず良いと完璧の中間」
 そう私は言う。
「完璧には程遠いかもしれない」と彼は言い、顔を手で拭う。
「全てと、全くないの間」
「冗談言う子だったっけ?」彼の声は少し明るい。
「冗談じゃない」と私は言う。
 私は彼を感じる。出会ってから一番近く。

「外見て」 と私は呼ぶ。
「星は出てない」
「あの向こうに、」次の言葉は、直ぐには出てこない。
「あの向こうに、きっと」
 私は、私の内側に思いを巡らす。
 感慨が生まれ、消えるだろう。
 意味は通じなくても、響一に言う。
「わかんないよね、私の言いたいこと。私にも分からないから」
「分かっている。分かるよ、勿論」
 
 彼の声は歌っているようだった。その時も、今も思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?