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【農家ルポ】ISSUE 5.考える土

 佐賀との県境を、糸島側から望んで見える山々。その向こう側からニュウっと顔を出した入道雲は、7月の到来を告げる夏の代名詞だ。例年なら、ジメジメと肌にへばりつくような湿潤な暑さだけが煩わしい。しかし今年は、それに大雨が加わった。
 昨年11月に取材した西さんのご紹介で、筑前高校の裏にあるフェルナンドさんの畑を伺った。取材日は例にもれず大雨。雑草のある畑は見慣れたつもりだったけれども、ここはとりわけ雑草がわんさか茂っている。雑草のくせに、どこか生き生きと、美味しいそうな佇まい。質問したいことが湧き上がってくる。近くのコーヒーショップに逃げ込んで、濡れた体を休めながらお話を伺った。


地球の裏側へ

 ブラジル人のフェルナンドさんは、実家がいわゆる大きな規模の農業を営んでいる。バイオテクノロジーを武器に、農業ビジネスを牛耳る多国籍企業のモンサントが提供する、種子や肥料、農薬がパッケージングされたセットを活用し、合理化された農法を営んできた。
 妻との結婚をきっかけに、日本に移り住み15年。日本で始めたのは、ブラジルで身近にあったものとは全く異なる有機農法。

雑草だらけの畑で、赤い宝石のような光沢をはなつビーツ。
フェルナンドさん曰く、いい畑の雑草は美味しそうなんだとか。

きっかけは、ひとえに4人のお子さんたちのためだった。スーパーで並ぶ野菜からは、生産者はおろか、野菜のでき方や生育環境すらも伺えない。有機で育てた野菜は味の濃く、野菜の香りもたっている一方で、スーパーのそれはどこか味気ない。野菜本来の姿を子ども達に知ってほしい、そんな身近な存在への愛情から生まれた小さな畑も、今では3箇所にまで増えている。 

考える土をつくる

 フェルナンドさんの畑への考え方の軸は2つある。その一つが土。
 畑にお伺いした時、ちょうど土中の窒素含有量を増やすために、ソルゴーと向日葵を植えた畝が交互に並んでいた。背丈を超える高さにまで、十分に育ったところで根元を刈り採って土に入れ込む。この時、周りにぴょこぴょこ生えた雑草も一緒に混ぜ込んでしまう。一般的な農家さんなら邪魔者な雑草も、ここでは健康な土の象徴なのだ。

網状脈の葉が向日葵で平行脈の葉がソルゴー

 こうして混ぜ込まれた植物達を分解するのが、微生物だ。フェルナンドさんが本格的に農業を始めようと考えたとき、相談に行った農業センターの職員からは、有機農法は不可能だと言われた。否定的な言葉でむしろ火がついた。土中の微生物を活発化させることで、今の大きなコンポストのような畑を作り上げた。

少量多品種の畑は同じ畝の中でも植っている野菜がこまめに変わる。

 現代農法の多くは、追肥や土の酸度を調整して、育てる野菜ごとに最適な環境を整える。けれども、この畑では、土はどの野菜も皆いっしょ。フェルナンドさん曰く、土が自分で考えて野菜を育てているのだから、それを邪魔してはいけない。「子供に早く育てといって、栄養ドリンクばかり与えたら病気になるでしょ」という語りは印象強かった。微生物が豊かな土だからこそ、土が自ら野菜を栽培する体制を整えてくれるのだ。

知らない気候での挑戦

 もう一つの軸は気候。
 ブラジルの気候で自然の感覚を培ったフェルナンドさんにとって、日本の気候は不慣れなことばかり。だから、毎年試行錯誤の繰り返し。他の職種と違って農業は年数がそのまま経験の回数になる。本当は西欧野菜を育てて、食べてほしいけれど、気候が違うとそれもなかなか叶わない。今は、今の土でできる野菜に集中して、日本の気候を知りながら、少しずつ夢を叶えていきたいと教えてくれた。

オクラの花。綺麗でかわいい。実は美味しかったりする。
艶がよく出て黒光りしているナス
バジルは先端に花が咲くと一気に葉が硬くなる。
そろそろ旬も終わり目にさしかかる。

 見知らぬ土地で、自然の影響を受けやすい有機農法に挑戦することは、並大抵の覚悟では難しいに違いない。しかし、知らないからこそさまざまな要因を疑い、向き合って考える。その姿勢こそが、フェルナンドさんの農業を可能にしているように思えた。

ビーツとズッキニーを手に、にっこりなフェルナンドさん。

編集後記

 今年は梅雨がないまま夏になると思っていた。けれども、7月頭は経験したことないような天候の乱高下に翻弄される毎日だった。猛暑と豪雨は、農作物に甚大な被害をもたらした。確かに、天気予報で大雨は予測されるだろうし、土の酸度は測定できる。けれども、科学技術は農家に淡々と迫りくる脅威を伝えるだけ。農業が自然から切り離すことのできない、不安定な時節の仕事だと思わずにはいられなかった。
 私が思うに、人は常に何かを媒介物として目的を捉えてきた。今は道具やインターネットという人工物ばかりが媒介になっている。モンサントのケミカルな農業は、まさしく科学技術という人工物を媒介としている。しかし、ことフェルナンドさんの農業では、媒介しているのは土。微生物による自然の産物。「土が考えて野菜を育てる」という語りからも伺えるように、媒介物の土は生き物であって、その生き物を元気づける姿勢が、変化を歓迎する柔軟な畑を実現しているように思われた。

フェルナンドさんのInstagram

https://www.instagram.com/fernandonao40/

こあじのInstagram

https://www.instagram.com/koaji_pasta/

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