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【農家ルポ】ISSUE 3. つなげる八百屋

 前原商店街の珈琲屋は、土曜日限定で一角に八百屋が出店している。八百屋の名前はすぎ○。最近は珍しい、出張販売の八百屋さんだ。

商店街のコーヒー屋さんの軒先の看板が目印

木箱や籠の中にはこだわりの野菜が青々と並んでいる。卵やドライフルーツ、ターメリックなど、野菜以外の品物も少々。

新鮮ないろとりどりの野菜が並ぶ

 すぎ○に野菜を買いに来る客は、何も野菜に魅せられてやってくるだけではない。買ってきた野菜を十分に活かせなくて困っている消費者は、思いのほか多い。その野菜の特徴や食べ方を教えてくれるのが、すぎ○のオーナー、杉山さんだ。お客さんが野菜を選んでいる間、杉山さんとの間で生産者や野菜の特徴の話に花が咲く。野菜を見ながら、生産者の思いの丈を聞くことは、大型スーパーの“顔が見える”よりも信頼できる。買い物が終わる頃には、最初はただの野菜だったものが、どこか特別な宝物を分けてもらったようなワクワクした気持ちになる。不思議な八百屋さんにあれこれを聞いてみた。

“野菜”に出会うまで

 若い頃はファッション系のデザイン学校に通った。好きだったデザイナーの姿勢に感化され、生地からこだわる服作りを志して、岐阜県のテキスタイルメイカーに就職した。営業をしながら、生地のこと、デザインのことを勉強していた。土日は名古屋に出かけることが多かった。妻と出会ったのもちょうどその頃だ。
 大阪に引っ越してからしばらくして、長崎旅行に行った。種からこだわる野菜を作る農家とその料理を食べて、衝撃を受けた。シェフは、農家に魅せられて東京から越してきたという。体にとりいれるものに注意するようになったのも同時期だ。
 思い出せば20年代に入ってから、アパレル業界は何かと取り沙汰されていた。大量生産、大量廃棄の問題しかり、劣悪な労働環境しかり。そういった業界への不安が、新しい挑戦を後押ししたのかもしれない。野菜の魅力を、本当の美味しさをもっと多くの人に伝える。そうした気持ちが、八百屋という形で具現化されていった。

野菜を並べる背中には杉山さんの歴史が刻まれている

繋げる八百屋 すぎ○

 すぎ○で取り扱う野菜は、毎週、杉山さんが生産者のところへ赴いて仕入れる野菜と、少し離れたところからではあるが、深い親交がある農家さんから郵送してもらう野菜がある。どちらにせよ、その農家さんから仕入れることに並々ならぬこだわりが滲み出ている。無論、農業は自然との勝負だ。思ったような野菜が入らないときもある。しかし、だからこそ並べられている野菜への信頼は他の追随を許さない。

野菜の脇の値札には、手書きのキャプションが添えてある

 服飾から流通業を経て、八百屋を始めた杉山さん。「繋げる」という言葉のチョイスは、独特なものがある。確かに、人のつながりを意識している人は少なくない。けれども、流通の簡略化が進む中で、八百屋としての“繋がる”には“糸の撚り”を想像させる。決して単純に繋ぎ合わせるのではない。より強く、多くものが届き知ってもらえるようにつなぐ。それが紡ぎ、繋ぐことなのだと、杉山さんの言葉尻から伝わってくる。

八百屋経由畑味

 すぎ○には、見慣れない野菜達も並ぶ。初めて買ったお野菜、お釣りを受け取りながらついつい、「おすすめのいただき方はありますか?」と聞いてしまう。今まで何度かそういったやり取りをしたが、毎度、杉山さんが教えてくれるのは、至ってシンプルな、野菜の味がよくわかるものばかりだ。葉物でも、飲みこむことが惜しくなるくらい、何度も噛み締めたくなる。胃袋に入れたそばから、次の一口が待ち遠しい。野菜の個性を知っているからこその、畑直通の野菜のいただき方だった。

今回は間引きにんじんを購入。にんじんの葉はジェノバペースト風にすると美味しい。

聞けば、中には農家さんから直に教わったものもあるそう。農家飯の特徴は、食べ飽きず、毎日食卓に並べられるもの。たとえそれが“副菜”と呼ばれても、むしろそういったおかずに、私らしさを支えてもらっている気がした。

杉山さんに看板を持ってもらってパシャリ

編集後記

 軒先におかれた黒板には、勢いのある字で「すぎ○」と書かれていた。せっかくなので、この看板持って野菜の前に立ってもらった。写真は撮られ慣れていないとのこと。杉山さんの風体は、声高に安さを強調する昔ながらの八百屋とは重ならない。野菜と生産者に対する強いリスペクトが溢れているのが、ひしひしと伝わってくる。野菜を陳列するときも、野菜の魅力が伝わるようにオリジナルのキャプションがついた直筆のプレイスカードを横に添える。新聞紙に野菜を包むときだって、その丁寧さには目を見張る。
 野菜の背景を知るだけで、こんなに美味しくなると知ってから、ついつい大切な人の食事に使う野菜は、“買うところ”を選んでしまうようになった。もちろん、すぎ○で買えば間違いない。買っている間に、野菜語は聞き取れるようになり、気づけば家庭の食卓に最高の野菜料理が並ぶ。それも、野菜ありのままで。
 畑から食卓へ。愛情や情熱といったあたたかな志で紡がれた糸を手繰り寄せれば、しっかりとその景色が見えてくる。すぎ○のような八百屋が縁の下にいる食卓が毎日だったらいいのに。

2023.5.17

すぎ○のインスタグラム

こあじのInstagram

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