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【農家ルポ】ISSUE 4.土の中との対話

 糸島から車で40分、福岡市早良区を跨いだ先の那珂川市。蛇行しながら博多湾に注ぐ那珂川のほとりには、市役所や新興住宅地を傍に、田んぼや耕地が広がっている。指定の場所で到着の報告をすると、屈託ない笑顔で現れたのは、今回取材する坂井農園の坂井安奈さんだ。

植え付けの年が違うハウスが並ぶ

 敷地内に所狭しと並ぶハウスの横には、番犬のぽんすけ、撫でて欲しくて擦り寄ってくるから愛くるしい。農園主の達次郎さんは作業場でアスパラガスの出荷準備をしているところだった。手土産のお酢をお渡しして、早速お話を伺った。

達次郎さんのアスパラの説明は詳しくて丁寧。いい記事になる予感!

年を超えて関わる野菜

 お二人から、アスパラガスは多年草だと教わった。植え付けた1年目は管理的な収穫にとどまって、2年目から出荷が始まる。一年草の野菜と違い、アスパラガスの出来栄えは、昨年の関わり方の影響を多分に受ける。目の前にあるアスパラガスも、これまでのやってきたことの積み重ねなのだ。必然的に同じ株との付き合いが長くなるから、その分愛着も湧いてくる。安奈さんは無事に芽がでるように、「がんばれ〜!」っと土の下の新芽にエールを送る。

定食前の赤ちゃんアスパラガス

 芽が出て、大きくなって、その年はじめて収穫したアスパラガスにかぶりつく。美味しかった時の喜びは一入だそうだ。

”見えない”と向き合う野菜

 自然薯栽培で就農した達次郎さん。合わせてアスパラガスを始めたきっかけは、農業塾の先生が推していたからそうだ。一見、関わりないように見える自然薯とアスパラガス。しかし、両者において欠かせないのは、目に見えない土の中を想像する力だ。アスパラガスは地下1メートルまで根を伸ばし、地下茎を横に広げながら大きくなる。毎年変わる株の様子に合わせて土を改良し、ゆっくりと変化させていくのだと言う。土の窒素の含有量は科学的に分析可能で、水分量もメーターである程度はわかる。しかし、そういった目にみえることが全てではないと、達次郎さんは話す。存外な振る舞いでもできるかもしれないが、見えないものと向き合い、想像することで坂井農園のアスパラガスはとびきり美味しくなる。そのために、常に土の中との対話を怠らないのだ。

常に変わり続ける野菜

 ハウスの中を案内してもらうと、緑のトンネルのようになっていた。今は夏アスパラの時期。春芽は何もない土からぴょこぴょこ出てくるのに足して、夏芽は木のように茂った茎の下で萌える。

しゃがんで覗き込むと緑のトンネルが向こうまで続いている

 アスパラガスの成長スピードはとても速く、1時間に1cm近く伸びる時もあるという。朝と夕方に収穫するのはその表れだ。収穫後はすぐに選別機にかける。長さは規格に揃えつつ、重さの違いを利用して、太さごとに分けていく。

アスパラガス専用の選別機

 繁忙期は一棟で10kgほど収穫される日もあるから、人手も必要になる。アスパラガスは他の野菜に比べて、呼吸量も蒸散量も特に多い。これを抑制するために、確かに様々な工夫があるけれども、本当のところは採れたてをその日のうちに食べて欲しいという。私がよく目にする切り口を水につけているスーパーの野菜売り場。しかし達次郎さん曰く、これもあくまで妥協案であってベストではない。水につけると、アスパラガスは蓄えているエネルギーを使って成長するから味が落ちてしまう。かといって、水につけずにふにゃふにゃになった物は買ってもらえない。予冷することである程度は鮮度は保てるが、坂井農園が流通範囲を限定するのは、一番美味しいものを食べて欲しいという一心に尽きるからだった。

ぽんすけも一緒にスリーショット

編集後記

 今回の取材は、マルシェの出店の軒先で安奈さんとお話ししたことをきっかけに実現した。だから、達次郎さんとお会いするのはこれがはじめて。安奈さんは達次郎さんが細身だと言うけれど、血管が浮きでた腕で丁寧に優しくアスパラガスを扱う風貌からは、生産物への愛とリスペクトが湧き出て、凄みがある。

肉肉しい腕とは裏腹に繊細で丁寧なアスパラ捌きがひかる

  那珂川で生まれ育った達次郎さん、毎年七月十四日に奉納される五穀豊穣を願う福岡県無形民俗文化財の岩戸神楽で、去年はじめて鬼役を務めた。

岩戸神楽では鬼が赤子を抱いて舞台上を練り歩く

 地域のコミュニティは、大変な苦労もあるけれども、今の坂井農園を支える重要な基盤になっているという。人とのつながりを重視して、近場の人に美味しいお野菜を届けたい気持ちも、ここから湧き上がってくるのかもしれない。
 人の間のつながりは目に見えないけど、確かにある。それはまるで坂井農園のロゴになった、アスパラガスの地下茎のようだった。見えないからこそ不確実で、向き合うのは容易なことではない。けれども、まだ少し早い夏空の下で、はっきりとその応答の結果が輝いて、アスパラガスとして立ち現れていた。

アスパラガスの地下茎をモチーフしたロゴ。
土に対する探究心が垣間見える。

2023.6.17

坂井農園のInstagram

https://www.instagram.com/sakainouen.ponfarm/

坂井農園のHP

こあじのInstagram

https://www.instagram.com/koaji_pasta/


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