【農家ルポ】ISSUE 2. 濃厚な人の輪
中村農園
2023年、年明け。筑後川の後背湿地に美味しい野菜を作る農家さんがいる、と兄貴分に聞いて中村農園を訪れた。初対面ということもあり、アップルパイを手土産にアイロンを隅々までかけたスーツを着て、考えられる限り万全の準備で臨んだ。
ガレージさながらのシャッターをくぐると、いわく“農家さんらしい”外観とは裏腹に、大きな一枚板のキッチンカウンターが併設された吹き抜けのリビング広がり、賑やかな話し声がしている。声の主は、中村農園オーナーの中村俊史さん(俊さん)と、舞子さん。それに3人のお子さん…と、若いお兄さんが1人リビングで寝転がっていた。「これは・・・」。私はどうやら何かを勘違いしていたのかもしれない。好奇心に栓をしていた不安が吹っ飛んで、沸々とワクワクが湧き出てくる。こうして、場に似つかないスーツを脱ぎ捨てて、中村農園さんへの取材が始まった。
畑にて
トラックの後ろに乗って、畑の周りの小路を軽トラで縦横無尽に駆け回るのは、なんとも心地がいい。そこには、SNSの画面越しに見ていた世界が、土の匂いを運んでくる爽やかな風とともに広がっている。よく見ると、ところどころに雑草が生えている。どこが足の踏み場なのか、パッと見では判別できない農地もあった。これも、無農薬栽培の証のひとつ。
農作物の“安心”
中村農園の野菜を食べた人の中には、より大きな流通網に乗せて事業拡大を提案してくる方もいるのだそうだ。しかし、そこには二重の意味で“安心”が欠けていると野菜とひたむきに向き合い続けた中村農園は指摘する。ひとつ目は、お客様に届ける安心。生産者の中村農園だからこそ築ける信頼がある。この信頼こそが安心の源泉なのだ。
二つ目の安心は、俊さんと舞子さんが野菜にこめた思いがきちんと伝わっている、すなわち農家さん目線の安心だ。自分の農産物に並々ならぬ思い入れと、責任感があるからこそ、生まれてくる“目の届く範囲で売りたい”こだわり。経済の文脈には乗りきらない、大切なものを守ろうとする強い意志が垣間見えた瞬間だった。
直接売る・直接繋がる
鳥飼神社や大名ガーデンシティで第三日曜日に開催されている『福マルシェ』に中村農園は出展している。インターネットが普及して、SNSやメール、Webサイトで簡単に繋がれる現代には、農家さんが気軽に出店できるECサイトも存在する。しかし、中村農園は徹底的に直取引にこだわる。直に安心を届けると、「美味しかった」の感想と一緒に直に“安心”が帰ってくる。
大きくしないからこそ築けている濃厚な人の輪。便利さと金銭を理由におおよそ多くの人が見限ってしまう丹念な豊かさだからこそ、その輪を繋ぎ続けているように思えた。
編集後記
中村農園に初めて訪れた時、リビングで寝ていたお兄さんの“はなちゃん”は、今では慕ってやまない兄貴分の1人だ。フリーランスでWebデザイナーを本職とする傍、スケットで頻繁に中村農園にやってくる。
福マルシェに行くと、まずは決まってはなちゃんに会う。それから中村農園のテントに向かう。道すがらトマト農家の西農園にも立ち寄る。美味しい香りが立ち込める春先の日曜昼下がり。先月と少しだけ違ういつもの風景。繰り返す日常の中で、大切な人との繋がりから萌える少しの変化が新鮮で心地よい。
末っ子のだいちゃんは、この春から小学校1年生。大きな大根を満面の笑みで掲げている姿は、小さい頃特有のあどけなさの中に、成長の力強さが垣間見える。お父さんの俊さんも小さい頃、同じように大根を掲げたのかもしれない。
俊さんと舞子さんと話しているとハッとさせられる。普段買っているスーパーの食材に果たして豊かな変化や個性はあるのだろうか。これが認められないものを、果たして食べ物と言えるのだろうか。中村農園が農作物を通じて魅せるのは、やさしい変化の中で、脈々と受け継がれていくおいしさと、そこに関わる人々の豊かさ。ついつい見惚れてしまった。
2023.04.07
中村農園のInstagram
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