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【農家ルポ】ISSUE 1.トマトが輝かせるもの

西農園のトマト

 福岡市と糸島市のちょうど境目にある4棟が隣接するハウスの入り口には、トマトのイラストが印象的なモノクロのロゴが貼ってあった。
 秋晴れの下、軽トラックに乗って颯爽と現れたのは、『Tomato Farm 西農園』を運営する、西正剛さんだ。西さんの作るトマトは、生で食べて美味しいものから、加熱して美味しいもの、観賞用のものまで、実験的に栽培しているものを含めれば16品目にも及ぶ。

サンマルツァーノ
みどりちゃん
トスカーナバイオレット

西さんが作るトマトが美味しいことは言うまでもないが、驚かされるのは、トマトにかける愛情の深さと、トマトによって紐解かれる西さんの哲学だ。

”農業と消費者を繋ぎ合わせて発見したことは、私が作り出したものではなくて、元々そこにあったのに見えてなかっただけなんです。”

トマトと共に人生を歩む西さんを取材した。

トマト農家になるまで

 トマトの栽培で独立したのは今から7年前のことだ。それより前はサッカー教室の指導者を目指していた。指導者だけでは食べていくのが難しかった当時、野菜を仕入れて売り捌き始めたのが、西さんと農業の出会いだった。
西さんがトマトを売りにいくと、どこからともなくおばちゃんたちがやってきて、買っていく。去り際に交わす「また来週!」の口約束が、毎週トマトを売りにいく何よりのモチベーションだった。少しずつ、着実に築かれていった信頼関係。小さな約束を守り続けた八百屋さんの人柄が、口コミで広がっていった。
 家に帰り着く前に子どもが全て食べてしまったからと買い直しにくる母親や、たくさんトマトを買って帰ってご近所に配るおばちゃんがいた。寒い日に常連さんが買って、手渡してくれた肉まんも印象深い。
いつの間にか、この仕事が西さんの中で『やめたらいけないもの』になっていた。毎週トマトを売りにいくことで、お客様との間にシンパシーを感じていたという。野菜と聞くと、なんとなく安売りする悪い印象があった。しかし、実際に販売し、お客様とのやり取りの中で経験的にそれは違うと考えた。

ハウスの中でインタビューに答える西さん

 私が西さんと出会ったのも、文化の日に行きつけの珈琲屋を尋ねると、その軒先で西さんがトマトを売っていたからだった。20分ほど話していた。突然、一つ先の信号に両親を置き去りにした子どもが2人駆け寄ってきて、トマトを眺め始めた。西さんは、嬉しそうな顔で、子どもたちに好きなトマトを選んで食べてみるようにすすめる。子どもたちがおもむろに手を伸ばしてほおばると、その場にいる誰もが笑顔になった。
 トマトを通して、人が繋がり、笑顔が芽生えることを知った西さんが、トマトを自分の手でつくり始めるまでは、あまり時間を要さなかった。一緒に立ち上げるパートナーを見つけると、幸運なことに農地もすぐに見つかった。こうして、西さんのトマトづくりが始まった。

割れたトマト

 お店に並ぶ野菜の中でも、ひときわ存在感のあるトマトだが、西さんが美味しいと思うそれには、ほとんど巡り会えないだろう。トマト農家として、一年を通してトマトと向き合い続ける西さんは、当たり前のように「一番美味しい瞬間」を知っている。取材時にいくつか試食したトマトも十二分に美味しいかったが、西さんは納得がいっていない様子だった。
西さん曰く、一番美味しい瞬間というのは

”朝きて、パッと晴れて、ピカっと光っているものなのよ”

 水を吸い上げて我慢しきれずに皮が弾けたトマトだ。その割れ目からは蜜が垂れ出ている。一般的に、割れてしまったトマトは流通のラインでは弾かれてしまう。農家にとっては、消費者に届けられない味なのだ。

割れたトマト

 西さんは毎週、昔からの馴染みのお客様を含め、大濠の珈琲屋の軒先でトマトを直売している。昔から変わらず、大切にしてきた農と人の繋がり。そこいらの大型スーパーとはわけが違う。そんな西さんだからこそ、ひび割れたトマトでも、お客様は喜んで買っていくことを知っている。食べてもらうために生まれてきたトマトには、AやBという評価は必要なかった。

トマトが輝かせるもの

 西さんにインタビューをしている中で、興味深い一幕があった。トマトを通じて築いてきた繋がりを「トマトが作ったものだ」と表現するのは不正確だと西さんは言う。繋がりは、元々そこにあったもので、「トマトが輝かせている」そうだ。ないものを新しく作り出そうとするのではなく、「そこにあるけど見えていないものを見えるようにする」ことを目指しているのだ。
 将来の目標の一つは、昔パスタ屋でバイトしていた時に自作したトマトソースが美味しかったので、それを気軽に食べられるお店をハウスの横にオープンすることだと教えてくれた。トマトの先にある人間関係を見据えている西さんだからこそ、出てくる夢だと思わずにはいられなかった。

もぎたてのトマトと西さん

編集後記

 西さんへのインタビューが終わったタイミングで、示し合わせたかのように元気な声が聞こえてきた。西さんのお子さんたちの声だ。小学校1年生の長女を筆頭に、一男三女が集うトマトハウスは、たちまち遊び場の装いになった。長男が、変声期なんて全く知らない声で「パパ、アイス食べたい!』とおねだりをしているのが、微笑ましい。その可愛らしさですっかり油断してしまっていたが、西さんが「はいはい、アイスね〜」と言って取り出してきたもの見て驚いた。業務スーパーでしか見たことのない大きな冷凍庫が、宝箱のように口を開けると、出てきたのは凍らせた西さんのトマトだった。子どもたちは、それを1人1パックもらって、席にお利口さんに座ると、夢中になって口に頬張り始めた。
 次女がリスみたいな口をして、アイスを舌の上で転がしている様子からは、西さんのトマトがつくる幸せの一端が見えてくる。末っ子の三女に「アイス、美味しい?」と私が質問すると、小さな手で凍ったトマトを捕まえて、どこか満足げな顔をしながら、にんまりと笑った。ハウスの中には、収まりきらないほどの西さんの夢と、トマトの可能性が詰まっていたのだ。
 取材のお礼を伝えて、帰りにハウスのドアを閉めた時、最初に見たモノクロのロゴには、赤く輝くトマトが見てとれた。

2022.11.15

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