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空間のアップサイクル

こんにちは、コーイチです。
 今回は、海外で注目を集めている、歴史的な建築物を保存するだけでなく、現代社会に「適合(アダプティブ)」させ「再利用(リユース)」するという考え方の「Adaptive reuse(アダプティブリユース)」の事例を見ていき、日本でも今後このような建物や施設が増えていくのか考えたいと思います。

1. Adaptive reuseとは

(出典:Planetizen Courses youtubeより)

 「Adaptive reuse」が意味するのは、本来の役割を終えた建物の再利用で、その主な目的には建築・文化遺産の保護や都市のスラム化からの転換、社会変革の促進などとなります。
 こうしたアプローチは、社会的・技術的ニーズの進化に合わせて建物の耐用年数を延ばし、史跡を保護し、空きビルを新たな住居やオフィス、ホテルへと生まれ変わらせると同時に、経済性と持続可能性を実現することができます。
 サステナビリティのエキスパートである建築家、カール・エレファンテ氏は「最もグリーンなビルは、既に建設済みのビルだ」という有名な言葉を残しています。
 エキスパートの予測によると、今後10年で行われる不動産開発の90%は、既存構造物のリノベーションやリユースにフォーカスしたものになるといわれています。

 「Adaptive reuse」のプロジェクトの特徴としては、新たなビルの建設より迅速に進められることが多く、コスト効率も高く、よりサステナブルであることです。
 「Adaptive reuse」も史跡保護も歴史的建造物を保全するものですが、そのアプローチは異なります。
 「Adaptive reuse」には、さまざまな形態があり、建築においては、学校や公園、オフィス、アパートへの転換など、既存物件の再利用を指します。
 また、その狙いは古い建物や敷地を新しい用途に再利用することにあり、保存と取り壊しの間の妥協案だと考えられることが多いです。
 一方、史跡保護は、建物の現存形態、完全性、材料の存続が目的で、アメリカの基準によると、外装の追加や修正は対象とはなりませんが、侵襲性の低いMEP (機械、電気、配管) 系統のアップグレードや、新たな建築基準を満たすために必要な処置は適切だとされることが多いといえます。

 「Adaptive reuse」の最大のメリットとして、建造物の歴史に敬意を払いつつ、新しく効率的な建築資材を使用する柔軟性を持てることが挙げられます。
 このアプローチは、建物の性能を向上させる一方でカーボンフットプリント*を削減させることも可能となります。

*カーボンフットプリント:商品やサービスの原材料調達から廃棄・リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算して、商品やサービスに分かりやすく表示する仕組み。

 「Adaptive reuse」は、その仕組みとしてはリノベーションとなりますが、一般的なリノベーションは建物の修理・改修による本来の用途の維持に限定されるのに対して、「Adaptive reuse」は用途の転換を意味します。
 大抵の「Adaptive reuse」は建物にフォーカスしたものですが、古くなったインフラや使用されていないインフラを地域の目玉へと転換するような、非常に革新的なプロジェクトもあります。

2.Adaptive reuse事例

〇The High Line

(出典:ニューヨークさんぽ youtubeより)

 インフラの「Adaptive reuse」の例として有名なのが、NYの「High Line」です。
 非営利団体であり公共の公園でもあるマンハッタン西部の「High Line」は、かつてウェストサイド線が走っていた高架鉄道を転用した約2.4kmに及ぶ公園で、500種以上の植物や木々、休憩スペースや展望バルコニー、屋外フードマーケット、バリアフリーのスロープを備えています。
 卓越したアーバンデザインとランドスケープ・アーキテクチャー、そしてエコロジーが融合した斬新な都市空間は、オープン後またたくまに再開発の手本となりました。

 「High Line」は、そもそも19世紀半ばに建設された高架鉄道で1980年代には廃線、高架のまま放置されており、長年に渡って取り壊しの危機に瀕していたところ、地元支援者たちの熱意と地道な努力のたまものによって実現しました。
 廃線は長い道のりの果て、緑の公園へと変身し、複合カルチャーの一大震源地へと発展しました。

 現在の「High Line」は、線路をデザインに組み込みながら残したり、昔の姿を維持した外観などを通じて、歴史を継承しています。
 市営の公園なので商業活動は禁止されており、代わりに盛んなのがパブリックアートの展示やパフォーマンスアート、子供やファミリー向けプログラムとなっています。
 また、「High Line」の魅力はガーデンで、NY原産の草花を中心に、360種類の植物が植えられています。

〇大館(Tai Kwun)

(出典:Tai Kwun 大館 youtubeより)

 2018年、香港、中環(Central)のソーホー地区の中心にオープンした「大館(Tai Kwun)」は、警察署や裁判所など16棟の歴史的建造物に、28,000㎡に及ぶ複合文化施設という新たな生命を与えたものとなります。
 広大な敷地の中には イギリス植民地時代の旧中央警察署・中央裁判所・ビクトリア監獄という3つの法定古蹟を含む16の歴史的建築と2つの新しい建築があり、170年もの歴史を感じさせる歴史遺産の宝庫となっています。

 「大館(Tai Kwun)」で楽しめるのは、歴史だけではなく、様々な種類のビジュアルアートや、音楽、演劇の公演、映画や教育プログラムなども提供されています。
 それ以外にも無料のランチタイムコンサートやレストランやバーなど、楽しみ方はたくさんあり、訪問者はコンサートや美術展に参加したり、かつてホー・チ・ミンが投獄された刑務所の中でカクテルを楽しんだりすることが可能となっています。
 また、香港人デザイナーのものを扱う店も多数揃っており、香港らしさを醸し出しています。
 2019年にユネスコ・アジア太平洋文化遺産保全賞優秀賞を受賞しました。

〇Bodmin Jail Hotel (ボドミン ジェイル ホテル)and  Visitor Attraction(ビジターアトラクション)

(出典:レッド エア メディア youtubeより)

 かつて数百人の犯罪者と50人以上の処刑人を収容し、遺棄された18世紀の刑務所が復元され、イギリスのコーンウォール内の高級ブティックホテルとして生まれ変わりました。

 4階建てで、70室の部屋があり、それぞれに独自のストーリーがあります。
 「Bodmin Jail Hotel」は、300年前の刑務所の印象的なオリジナル建築と創造的で現代的なデザインを絡み合わせた新しい感覚の宿泊体験を提供しています。
 刑務所の旧市民および海軍棟に位置する各豪華な部屋は、3つの刑務所の独房から改変され、既存の鉄格子の窓、風化した石の壁(本物の囚人の落書きがある)、天井などの元の特徴の多くを保持しています。
 
 訪問者は、市民ウィングアトリウムのインパクトを高めるために意図的に狭いロビーで迎えられ、復活した通路と天窓からの象徴的な塔の景色を備えた自然光の空間を最初に垣間見ることができます。
 ホテルの部屋自体は、元のレイアウトを維持しながら、ゲストが歴史的な刑務所からの高級ホテルに飛躍したことを感じさせる豪華で快適なスペースを提供するように設計されています。

(出典:Temple 2020 youtubeより)

 併設する「Visitor Attraction」には、歴史的建造物全体に織り込まれたまったく新しいアトラクションである、「ダーク ウォーク」体験が導入されています。
 1779 年に国王ジョージ 3 世のために建設されたBodmin刑務所は、コーンウォールの歴史において重要な役割を果たしてきました。

 コーンウォールの観光と観光客の経済に大規模な投資を行ったこのアトラクションは、2020 年にオープンした最大のアトラクションであり、最先端のテクノロジーにより、より没入型の体験が可能になりました。
 「ダーク ウォーク」では、演劇効果と最新のテクノロジーを使用して、訪問者をコーンウォールの暗い過去に戻します。
 21 世紀の視聴者向けに再び語られる、忘れられない映画のようなビジュアル体験は、悪名高い囚人の話など、コーンウォールの最貧層が直面する密輸、採鉱、および日々の苦難の物語を語ります。
 また、管理棟は改装され、かつて刑務所の礼拝堂だった場所に美しいレストランを提供しており、カクテルバー、ジム、カフェなども併設しています。

3. Adaptive reuseの利点

(出典:Stewart Hicks youtubeより)

 歴史的建造物のコミュニティでは、「Adaptive reuse」は歴史的保存の一形態と言われています。
 「Adaptive reuse」は、新しい建物や駐車場のためのスペースを作るために、そうでなければ崩壊または破壊されたままにされる文化的に重要な場所を復元します。
 建設業者が新しい建設開発地を探す場合、都市内の土地は、古い建物やより高価な不動産によって既に利用されているため、郊外の土地を選択する必要があります。
 これは、都市部の無制限の拡大を表す用語である「都市のスプロール現象」のプロセスを煽り、大気汚染やその他の環境への影響、危険な交通パターン、インフラストラクチャコストの上昇、社会的孤立の一因となります。

 「Adaptive reuse」は機能的で、多くの場合、信じられないほど美しいものとなります。
 たとえば、ロンドンのテートモダンアートギャラリーは、廃止された発電所であるバンクサイド発電所として知られていた建物にあり、適応的なアプローチをとることで、建設業者はユニークで美しいアートギャラリーを作成することができました。

 従来の建築プロジェクトと比較すると、「Adaptive reuse」にはいくつかの重要な経済的利点とコスト削減の効果があります。
 平均的に、「Adaptive reuse」は建築材料よりも多くの労働力を使用しますが、過去数十年で急騰した材料費に比べ、人件費はわずかにしか増加していません。
 更に、建設予算のかなりの部分を占めるすべての解体費用を放棄することも出来ます。
 また、新しい構造を構築するには、既存の建物をリノベーションするよりもかなり時間がかかります。
 古い建物の多くのスペースは、最小限の改修で使用できる可能性があるため、プロジェクトがまだ進行中であっても、所有者は建物の一部をビジネスに開放することも可能かもしれません。

 人々は、近所の重要な建物の歴史的保存や新しいユニークなランドマークを楽しむ傾向があるため、創造的な「Adaptive reuse」プロジェクトは、非常に人気のあるオプションになる可能性があります。
 更に、古い建物を再利用することは、レストラン、アパート、ショッピングモールなど、顧客の関心を施設に向ける重要な要素になる可能性もあります。

4.最後に

(出典:UW (University of Washington) youtubeより)

 本来の役割を終えた建築物を、その歴史性を保護した上で適合させ活用するため、従来は廃棄されてきた材料や製品に新たな価値を与えて再生する「アップサイクル」がプロダクトを中心に進んでいることを受けて、「Adaptive reuse」は「空間のアップサイクル」とも言われます。
 歴史ある建築物を保護するだけでなく空間として活用するということは、新たな空間を得るために何かを解体し、新しく建てるよりも環境への負荷が少なく、世界的にも意識が高まるサステナビリティに通ずる考え方でもあります。

 日本でも、近年「リノベーション」が流行し、各地で既存の建築物の改修事例が増えています。
 しかしその多くは、歴史的な価値を極度に尊重するがために大きな改修を好まない文化財の施設と、「ビフォー・アフター」のように歴史的価値を尊重せず、ただ自由な改修の施設の大きく2つの傾向に分かれてしまっているように思われます。
(もちろん、「Adaptive reuse」的な開発もあります)

 そして、「リノベーション」の多くは、戦後の団地やオフィスビルなど歴史的価値が高くない「中古」の建物や、歴史的な価値があったとしても木造の町家や在来工法といった比較的特別ではない建物が対象となっており、その改修デザインの多くは、骨格(構造など)だけを残すか、歴史的価値を考慮することなく、ただ自由な改修が目立つものが多いと思われます。

 文化財的価値がない歴史的建物でも、日本の歴史を後世に伝えるものもあり、より大衆に密接した文化を知ることが出来るものではないかと思います。
 今後は、日本でも歴史的価値を残した「Adaptive reuse」の開発が増えていくことを心より願っています。

追伸:本日、Note事務局より、下記メールが届きました。

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