記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【ネタバレ有】映画鑑賞記『ファイアバード』


2/9劇場上映開始されました。

あらすじ

舞台は旧ソ連のエストニア軍。

同性愛は、5年以上の強制労働収容所送り(環境や気候が劣悪であり、「労働」とは名ばかりで事実上の「死刑」)という、ゲイには過酷で、規律も厳しい縦社会の中。

パイロットで将校のロマンと、二年間の義務兵役を間もなく終え故郷に帰る日を待ち望んでいる二等兵のセルゲイは、密やかに愛を育むが、時代・社会ゆえにカップルとして一緒に暮らしたり、公の場に姿を現すことは許されない。互いに「何もなかったことにしよう」「忘れよう」などと試みるも徒労に終わる。地上では分かりやすい形で結ばれることはなかったけれど、魂は永遠にセルゲイの元にあるという一通の手紙を残し、ロマンは国のために殉死する。くしくも、ソ連崩壊のきっかけとなったアフガニスタン戦争の始まりの頃に。

二人の恋をより悲劇的なものにするのは、セルゲイに恋するも報われず、ロマンの妻になるも、夫の心がセルゲイの元にあると結婚後に知ってしまうルイーザという女性の存在であった。

主要登場人物

セルゲイ
おそらくゲイセクシュアルで、子どもの頃、それが理由で友だちを喪った(友達が死んでしまった)トラウマがある。同僚ルイーザに好意を寄せられているけれど、ハッキリ断ることもできずいい友人でいたいと思っている。ロマンのことは純粋に愛していて、彼と気兼ねなく愛し合える国に行きたいと夢見る。役者になりたいと言う夢をロマンに打ち明け励まされたことで人生が好転する。ロマンを妻子から奪うことはできないと自ら身を引くが、アフガニスタンに赴くロマンの手紙で、夫であり、恋人でありと引き裂かれる立場だった彼の苦悩と、綴られてあった真実の愛により、「彼と出会えて、愛し合えて良かった」と自分の愛を肯定する。

ルイーザ
当初セルゲイのことが好きだったが、煮え切らない彼に苛立ち、当てつけのようにロマンに接近。結婚の報告でわざわざモスクワまで言いに行き反応を確認する際(ロマンの子どもを身ごもっているにもかかわらず)セルゲイに本当は結婚を止めて欲しいと思っている(※羽多解釈)。結婚後に夫になったロマンが単身モスクワへ旅立つ(出張・研修)荷造りを手伝う時にセルゲイの写真を見つけたあたりで、夫のセルゲイへの気持ちに気付いている。牽制のためにわざわざモスクワに現れたとしか思えない(※羽多解釈)。ロマンを愛していたのだろうが、セルゲイへの腹いせとしか思えない面もある。監督の公式見解としては、「彼女は望んであのような結婚生活を送ろうとしたわけではない」。うん。普通は結婚してくれたら男のことは忘れるって思うよね。分かるよルイーザ。

ロマン
最も実際的(利己的とも言う)。
1番愛していたのはセルゲイ。彼を守りたいから関係を断とうとし、妻を持とうと思ったのは事実だろうし、愛していたからこそ結婚後も彼と蜜月の時を持とうと妻子を置いて単身赴任してきたのも事実だろう。不倫の関係をセルゲイに強いるあたり、倫理的には正しい人物だとは言えないが、誰が彼に石を投げる資格があろう。また、セルゲイを愛しながらも、彼の前で堂々と妻を優先する姿を見せつけ「当たり前だろ」と言う。とは言え、追い込まれたらこういう選択をする人は多いだろうな、とも思う。なので、ある意味人間的ではある。ダイアナと結婚してもカミラと不倫し続けてたチャールズと似てるって言うか。でもさ、それ、そもそも結婚しちゃいけなかったやつだろ。ルイーザが妊娠していたので、キリスト教的には堕胎も許されないし、原作によると、少佐の娘だったらしいので、捨てるとかあり得ない状況だったのはロマンにも同情の余地はある。

感想

主人公のセルゲイと、ロマンのふたりはとても美しく(顔も肉体も)軍服姿はカッコいいし、ラブシーンも抑制が効いていて上品で、かつふたりの気持ちの盛り上がりがよく表現されていて美しい。同性愛嫌悪の人も、受け入れやすいのではないか。

常に死と隣り合わせのロマンの搭乗機があわや墜落という夜に、生の喜びを強く感じて昂ったふたりが結ばれる展開も自然。

海に潜るシーンと、
写真を撮り現像するシーンが上品なエロティシズムを演出していた。

色彩感覚などが素敵だなと思ったら、ペテル・レバネ監督はウォン・カーウァイを尊敬しており好きな映画は『花様年華』だというのだから納得です。(私個人も大大大好きで忘れ得ぬ映画の一つです)

「写真は、その一瞬を永遠に切り取る」というセルゲイの言葉。そして最もロマンのセルゲイへの愛情がストレートかつロマンチックに表現された写真は、妻子の前で闇に消えていく(現像液に浸しすぎて真っ黒になってしまう)。印象的なシーンでした。

最後に遺品として渡すのも、ロマンが写したセルゲイの写真。その瞬間、確かに彼なりにセルゲイを愛していたのだと、カメラ好きのセルゲイには伝わる。ルイーザのセルゲイに対する最後の思いやりなのかなと感じました。

僕の愛は君の愛に負けない」という終盤の台詞がこの映画のキラー台詞ですかね。

愛し合うことの素敵さ、それを公にできない苦しみや切なさ、愛した人に配偶者や子どもまでいる現実の重さ。それなのに束の間の逃避行に耽る二人は無責任だし愚かだと、謗ることは簡単だ。でも、愚かさ醜さ含めて丸ごと愛してしまったのだと、人生そういうこともあるかもしれないと、胸を疼かせながらも頷いてしまう。それもこれも、セルゲイのルイーザへの不器用な思いやり(本当の気持ちを何度も隠している)や、ロマンと一緒にいる時の無邪気さのなせるわざかと思いました。

それと、セルゲイの演劇学校での自由闊達な演技や、クラスメイトとの議論。いつも隣にいる男の子はセルゲイを好きなのではと思うほど。軍での暮らしが、映画『フルメタルジャケット』の新兵訓練並に厳しいだけに、その後のモスクワでの充実した学生生活が眩しくて。ただ、ロマンのことだけを考えていたのではなく1人の若い男性として、幸せに生きていたことを2度目の鑑賞では強く感じました(※この映画を私は2回見ていて、2回目の後に感想も更新しています)

セルゲイとロマンの恋は、長い人生の中の何年と数えれば短いかもしれない。でも、誰かとお付き合いすると考えた時には短くはない月日があったことには違いなく。ましてや激戦地に赴くロマンは、自らの死に場所を求めて行くかのようにも思える。死期を悟ったかのように、「僕を待たないでくれ」「永遠に心は君と一緒にいる」と最後の手紙に書き綴る。ラストシーンのセルゲイの涙ながらの笑顔は、もう、これしかこの映画のラストはあり得ないよなと私は思いました。

苦しいこともあった。でも、彼と出会えて愛し合えたことに後悔はしていない。人生の宝物だと感じていたからこそ、原作となった回顧録をセルゲイ・フェティソフさんは遺したのでしょう。

映画タイトルの「ファイアバード」は、バレエ火の鳥から取られています。

バレエ火の鳥のあらすじ:王子が、永遠の命を持つ火の鳥を助けてあげたら、王子が惚れた王女に呪いをかけた魔王をやっつけるのに火の鳥が加勢する。ラストは王子と王女が結婚する。

ここから考えると、映画のタイトルが意味する「ファイアバード」は、

ロマンを燃えるように愛したセルゲイとも言えるし(ロマンが王子でルイーザが王女)、

戦闘機乗り(鳥みたいなもの)で、「永遠に君のそばにいる」(俗世のしがらみで現世では女性と結婚したが心はセルゲイのそばにあった)と書き残して死んだロマンとも言えるし、

どちらの解釈も可能で、いずれにせよ死によってふたりの愛は永遠に分つことのできないところへ行ってしまったんだな……。と思いました。

この映画がきっかけでエストニアでは同性婚が合法化されたとのことで、素晴らしいことだと思いました。実話の持つ力。監督は、同性婚の法制化においても熱心にロビー活動を行い、セルゲイのモデルになったご本人とも会ってかなり細かく話を聞いて映画化したそうですので、まさに「迫真」なのだと思います。

セルゲイを演じた主演俳優トム・プライヤー氏は、共同脚本家としてもクレジットされていますし、ローマンを演じたオレグ・ザゴロドニー氏は市民運動家でもあるなど、マルチタレントな役者も本作に力を与えています

最後に、最近観た類似ジャンル映画と比較してどうよ?というご質問があった際には、

絵作りなどに関しては、ベテラン監督の円熟の技『蟻の王』に軍配をあげたいですが、本作の監督・ペテル・レバネ氏は、これが長編映画監督デビュー作であることを鑑みると、十分、俊英の放った名作です。世界一の映画大国・アメリカはハリウッド人を多く輩出している名門南カリフォルニア大学の出身というのだから、目が離せません。次作も期待したいです。

また、俳優の魅力や、一般ウケという意味では『ファイアバード』、というのが私の感想です。一般ウケは、悪い意味ではなく、むしろ狙ったのでしょう。普通の人たちに見てもらいたい、普遍的なラブストーリーなんだとレバネ監督がインタビューで度々語っていましたし、多くのオーディエンスを得ることにより、同性婚の法制化においても力になったのだから、むしろ戦略的であり、監督はビジネスマンとしても有能だと思います。


この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?