彼女よりも私が
木曜の朝八時
ぼおっと心ここにあらずの無表情で、彼はベッドからむくりと起き上がる。後ろ髪は豪快に寝癖が付いている。
「おはよう」
「……おはよ」
トーストとコーヒーの簡単な朝食をとりながら、さり気なく私は尋ねる。
「今日から収録?」
「あぁ」
「いつも通り? 月曜には終わるよね?」
「……ん。頑張る」
二重どころか三重になっているまだ眠そうな瞼を優しく細めて、彼は私の好きな笑顔で見つめる。
「じゃあ、行ってくるね」
眼鏡を掛け、無精髭もそのままに、トレードマークの半ズボンとスニーカーを履いた彼はいつも通り、私の頬に小さくキスを落として手ぶらで家を出ていった。そう、全てがいつも通り。
木曜の朝家を出て、仕事で泊まり込み、月曜には帰ってくる。そう、「帰ってくる」のだ。芸能関連の仕事だから、表札を出すことはできないし、彼の妻が私であることも公にはできないけれど、彼の妻は私だ。
木曜の夜八時
木曜の夜が終わりそうな時間帯に、玄関でかちゃりと鍵が回る音がする。
私は一瞬パソコンのキーボードを叩く手を止め、耳を澄ませる。
「……ただいま~」
ソファに行儀悪く胡坐を組んでパソコンとにらめっこしていた私の頭にポンポンと手を乗せて髪を撫でてくれる。
「今日も仕事頑張ってるなあ、偉いなぁ」
「仕事だもの。あなたもでしょ? 収録どうだった? うまく行った?」
「うん、お蔭様でね」
彼は冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して一本を私に手渡す。
「仕事頑張ってる二人に乾杯しようよ」
薄い唇の端をニヤリと引き上げた私の大好きな彼の悪そうな笑み。私も共犯者のように思わせぶりな流し目を送り、プルタブを引き上げる。
「乾杯」
これから月曜の朝まで、彼は私のもの。
木曜から日曜は、私の家にいる。
結婚の話も時折出始めた。彼も私も子どもが好きだから、妊活も考えると、そろそろ結婚しようよーとこないだ言ってみたら、嬉しそうに目を細めて、そうだな、と言ってくれた。
月曜から水曜どこで何をしているかは知らない。知りたくない。でも彼の本命の女は私だ。
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