ダブルピーク!~JKがタクティカルシューターで日本一を目指す~ 09章48話「会場へ」

 会場はその名の通り、アリーナ型のものだった。
 中央に一片が10メートルほどの四角い舞台があり、その三辺に客席、一辺には実況席がある。客席は、舞台周辺は平らだが、奥へ行くと階段状に上がっていく。最奥の辺りはビルの二階くらいの高さはありそうだ。
 舞台上には五台のPCが横並びにあり、その対面にも同様にあり、計2チーム分、十台並んでいる。四隅には鉄骨で組まれた高さ5メートルほどの柱が立っている。柱と柱の間には巨大スクリーンが張られていて、そこにゲーム画面が映し出される仕組みだ。

 参加者たちは関係者入り口と通り、全体の説明が終わった後、それぞれ控室に通された。
 声呼たちも下今女学院様と書かれた部屋で待機していた。
 そこにはモニターが二台置いてあり、一方は試合中のゲーム画面を映す用。もう一台は会場の模様が流れている。

 声呼は会場の様子を見て、思わず喉を鳴らした。
 会場は薄暗く、緑色の光で照らされている。見えにくいが、すでに客席は埋まっているようだ。
 事前の説明では、満席で1万3,000人が収容できるとあった。
 確かにそれくらいいてもおかしくない、人の海がそこに映し出されている。

「ヤバいよ、これ……」

 つぶやくが、他のメンバーもモニターを食い入るように見つめ、誰も言葉を発することが無かった。
 皆と同様、呆然としていた真希波だったが、いち早く現実に意識を戻した。

「み、みんな! ちゃんと自分のデバイス用意してきた?」

 パンパンと手を鳴らす。
 その音で、メンバーたちも慌てた様子で持ち物をチェックしはじめた。

 PCは運営が用意したものを使うことが義務付けられているが、マウスやキーボードは自前の物を使っていいことになっていたのだ。
 そういった操作デバイスには個人の手に馴染んだものであったり、こだわりがあったりするからだ。
 その辺りは運営もよく理解している。

 声呼は憧れの伝説的プレイヤーがプロデュースした有線マウスを使っていた。女性が使うには少し大きいが、適度な重さとドライバが必要ないため、どんなPCだろうが接続すればすぐ使えるところが気に入っていた。キーボードはメカニカル・スイッチ、テンキーレスの小型の物だ。接続すると発光するため、薄暗い場所でも認識しやすい。

 良瑠のマウスは小型かつハニカム構造という無数の穴が開いた超軽量のタイプだ。しかも無線で取り回ししやすい。キーボードは古くから有名なメーカーがゲーム用に作った物だ。静電容量無接点方式という特殊なスイッチを使っている。

 樹那たちもそれぞれ、こだわりの道具を用意してきていた。
 真希波ですら、万が一に備え自分のデバイスを持ってきている。コーチ兼、リザーバーでもあるからだ。

 いつも使っている物を手にすると、不思議と心が落ち着いてきた。

 声呼は改めて、会場を見てみた。

 暗闇に、緑色に照らされた団子のような人々の頭が無数に見える。その一つひとつが動いていることから、それぞれがちゃんと生きている人間だということが分かる。
 手に応援メッセージが書かれたボードを持つ人。長い風船を二つ持って激しく打ち付け合う人、アイドル応援用のうちわのような物を持つ人、よく見るといろいろな人がいる。

(この中に、今女の応援団もいるはずだよねぇ? どこかなぁ? あ、お母さん、来てるかな? 行けたら行くって言ってたけど……)
 一般客はチケットを買う必要があったが、選手にはそれぞれ二枚の関係者チケットが渡されていた。声呼も両親にそれを渡したが、父は仕事の都合で来れず、母はあまり興味がないということで、玉虫色の返答しかもらえなかった。

 その時、控室のドアを叩く音が響いた。
 メンバー全員、一斉にドアを見ると少し開いたドアから若い男性が顔だけを室内に入れてきた。

「今女さーん、初戦が始まりますので準備お願いシマース」
「あ、はーい!」

 真希波の返事を聞くと、その頭は引っ込み、ドアが閉められた。運営スタッフだったのだろう。

「そっか、ウチら初戦だ。ほら、急げ急げ!」

 樹那に発破をかけられ、メンバーは用具を持ってバタバタと控室を出ていった。
 外で待ち受けていた先程の男性スタッフが先導し、会場へと向かって歩く。
 大きな鉄製のドアをくぐると、そこは先程映像で見たあの場所だった。
 地面に埋め込まれたライトが、通路の両端を示している。それに従って進むと、その先には例の舞台がある。

 入ってきた『グラジオラス・ブーケ』に気がついた通路両側の客たちから、声援が贈られた。

「がんばれー!」
「今女だー!」
「かわいいー!」

 それは好意的なものばかりだったので、彼女たちは緊張がほどけてきたようだ。手を振るなどの余裕も見せる。
 さらに進むと、客席の位置はどんどん低くなり、さらに距離が近くなる。
 選手が入ってきた情報は波のように伝わっていき、その声援は地鳴りのように響いた。

(こんな場所で、本当にやるんだ)
 実際にこの場に立つまで、どこか他人事のように感じてしまっていた。
 声呼は無意識に震えてしまう太ももを、両手で強く叩いた。

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