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健康を意識したのは『父親の晩年』を目の当たりにしてからでした。

50を過ぎてから、健康は大事だとつくづく感じます。もちろんお金も大事と思いますが、命がお金で買えないのと同じように、自分の体こそ貴重な財産です。

だから人一倍健康には気を配っているつもりです。運動不足なのは否めませんけど。

実は僕が健康を意識するようになったのは『好対照な両親の影響』とくに『父親の晩年を目の当たり』にしてからでした。

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10年前に父は亡くなりました。なによりもお酒が大好き。タバコも吸っていました。

晩年に心疾患を患うまで、僕はシラフの父を見た記憶がありません。毎日帰りが遅く必ず呑んで帰ってくる。休みで家にいると湯呑みには日本酒。そんな有り様です。

高校生のとき、下校時に通りかかった駅前で、道を挟んだところにあるモツ焼き屋から「おーい、おーい」と、でかい声で僕を呼ぶ酔っ払いがいる。

声のほうへ振り向くと、仕事を早帰りした父でした。当時、僕は反抗期。酔っ払った父が大嫌いで、早足でその場を通りぬけました。一緒にいた友だちが追いかけてきて「おい、待てよ!あそこにいた酔っ払いがゴローのこと呼んでたぜ!」と。しかし、とても恥ずかしくて父親だとは言えません。

それくらいお酒に依存した父親でした。

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父は年齢を重ねても、その飲酒癖は変わらなかったです。

僕が20代半ばで結婚し親元を離れての生活を始めた直後、父が60代前半で一度目の心筋梗塞を発症。飲酒喫煙を母から厳しく止められたものの、自分の病を甘く考えており「隠れ飲酒」「隠れタバコ」を続けていた様子。

その結果、1年後に二度目の心筋梗塞で救急車で、深夜、病院へ担ぎ込まれました。僕は明け方に呼び出され、車で駆けつけたときに小康を取り戻しました。退院の際「死にたくなかったら、私のいうことを聞きなさい!」と主治医から厳しい叱責をうけ、かなり落ち込んでいましたね。

しかし、そのまた数年後に今度は脳梗塞。幸い顕著なマヒは残らなかったものの、しかし、時すでに遅し。精密検査の結果、体のあちこちで動脈硬化が進行しており、脚の血行障害から歩行困難となりました。

その後は療養生活が6〜7年ほど続き、僕は両親の元を月に1〜2度訪れ、通院や買い物を手助けをするように。

父は僕と会うたび「酒が飲めねぇとつまんねー、楽しみがねぇーなー」といつもグチグチとこぼす「イジケ虫」となり。

結局、最期の父は、母が近所のお友だちと外出した際にトイレ近くで倒れ、帰らぬ人となりました。発見後、母が救急車を呼んだのですが、すでに死亡して数時間経過しているとのこと。僕が職場から到着したときには警察が家の中の調べをしておりました。

事件性はないと警察の判断が下ったあと、遺体収容袋に入れられ、父が家をあとにするとき、僕は「自業自得じゃ!ぼけ!」「俺はコイツとは違う生きかたをしてやる!」と心に誓ったのです。

それがキッカケでお酒をやめ、健康を意識するようになりました。

友だちのお父さん連中も「このおじさん不摂生だなぁー」と見ていた人ほど、晩年はあまり良い人生を送っていない人が多い気がしています。

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ここからは余談です。

実は、父が亡くなる1年前に母が足を骨折しました。彼を1人にしておけず、母が入院していた半年ほど僕ら夫婦と同居したのです。

父が療養生活となって以来、母は「お父さんはもっと早くお酒を止めてればね」とか「私が先に逝ったらどうなるのかね」と僕に言ってました。

父が聞いていようが、おかまいなし。嫌味タップリな感じでです。

そんなことで、僕らと暮らし始めても相変わらず「イジケ虫」だった父。その姿を見て少しかわいそうに思い「もう好きなことやっても良いだろう、二人で呑むべ!」と晩酌をしたり、父の好きなモツ焼きの店に連れて行ったりしました。

だんだん僕らとの暮らしに慣れてくると、ウチの妻とお笑い番組を見て大笑いしたり、リハビリを兼ねた散歩に積極的に出かけたり、犬とじゃれあったり。いつもの愚痴を言いながら、いじけてた父から、元気な父へと変わっていきました。

わずか半年でしたが、父は僕らと楽しそうに暮らしていました。母抜きでそんな「父親孝行」をできたことが、僕にとって良かったと感じてます。来年10回忌を迎えるので、亡くなった直後に誓った「俺はコイツと違う生きかたをしてやる!」は撤回します。

小学生レベルの漢字も満足に書けないほど、教養の全くない父親でしたが、僕にとってはかけがえのない人でした。いつかあの世で再会したら、なんて声をかけましょうかねぇ〜(笑

あまり早く逝って怒られないように、僕は父より健康で長生きしようと思っています。

そのためにも『健康を意識』しないといけません。

では今回はこの辺で。

どうもありがとうございました。










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