ハーランドからの2億円
(注) 想像力を働かせてお読みください
眠い。まだ昼なのに。昨夜遅くまでドルトムントvsシャルケを観ていたせいだ。
不快感を伴う眠気だ。このまま椅子に座っていてもイライラするだけだ。そう思い、僕は散歩をすることにした。
歩いていると、いつのまにか母校の近くまで来ていた。都内の大学にしては広く、緑豊かなキャンパスだ。
ノスタルジーに浸りたくなった僕は、学生時代によく友人と昼食を取ったエリアに向かった。
古びた横長の校舎の前に、長方形の空き地がある。その空き地を囲むように、木製のベンチが8つほど置いてある。色づいた木々が適度に屋根の役割を果たしており、眩しすぎず、暗すぎずの丁度良い明るさとなっていた。
一番手前にあったベンチに、僕は座った。
目を閉じて5分ほど思い出に耽っていたが、そんな穏やかな時間は、突如として目の前に現れた巨大な男に遮られた。デカい。デカすぎる。190センチを軽く超えている。
あろうことか彼は、僕の隣に座った。あまりの巨体にベンチが少し沈む。
怖いなあ怖いなあ。僕は恐る恐る横を見た。
驚いた。そこにいたのは、サッカーの界の新星アーリング・ハーランドだったのだ。
彼はぎこちない笑顔で、僕に銀色のメタリックなカバンを渡してきた。
「何これ?」 なぜか僕はタメ口だった。
「それ2億円。」 なぜかハーランドは片言の日本語を話した。
「なんで?」
「俺の年俸、26億円。使い切れないから、いろんな人に分けてる。」
「自分で稼いだお金は自分で使いなよ。」
「いらない。金がありすぎると向上心が薄れてしまう。」
「にしてもなんで俺なの?」
「そこに君がいたから。」
こんな押し問答を繰り返したのち、結局僕は2億円を受け取った。
しかし、カバンを手にした直後、意識が薄れ始めていることに気づいた。
察した。「ああ、自分は死ぬんだな」。視界が白くなってゆく。
2億円という額は、一般的な会社員が一生に稼ぐ額とされている(今はもっと少ないかもしれないが)。僕は、一般市民が一生かけて手にする額を、一瞬にして手に入れた。
一般的な社会人は2億円を稼いでからあの世へ旅立つが、僕は今2億円を稼いだのであの世へ旅立つ。そういうことだろう。妙に納得がいった。
僕はここで死ぬので使うことができないが、この大金は親族に渡り、財布を潤すことだろう。そう考えると、悔しさや名残惜しさは微塵も感じなかった。
薄れゆく意識の中でハーランドを見ると、彼の代名詞である瞑想ポーズをとっていた。
もしかしたら彼は、僕のような無職の人間に、本来ならば稼ぐはずだった額を渡し、さっさと成仏させて回っているのかもしれない。
「Takk. (ありがとう)」僕は、頭の片隅にあった唯一のノルウェー語を呟いた。
「Vaer saa god.(どういたしまして)」彼は瞑想ポーズのまま静かに応えた。
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