W杯ドイツ戦。日本代表に有利に働きそうな、5つの要素。

23日(水曜日)の夜、いよいよ日本代表のカタールW杯初戦が開催される。相手は名将ハンジ・フリック率いる優勝候補のドイツ代表だ。勝てるわけがない、引き分けられれば上出来、それが現実的な予測だろう。悲観的ではなく現実的。それくらい大きな差がある。

しかしながら、日本代表にも優っている点、有利に働きそうな要素はあると思う。そしてそれらは、サッカーというスポーツ、W杯という大舞台、一発勝負という何が起きるかわからない試合形式において、少なからず試合結果に影響すると思われる。
ここでは、そんな心強い(?)味方を5つ紹介していく。

1、言葉の壁

ドイツ代表は指示や会話などのコミュニケーションをドイツ語で行う。日本代表はもちろん日本語で行う。どちらも相手の言っていることを理解できない光景が思い浮かぶ。

しかしながら、実際はそうではない。日本代表にはドイツのクラブでプレーしている選手が多いため、ドイツ語をある程度聞き取ることができるのだ。
選手個々人のドイツ語力は把握しかねるが、ドイツで生活し、ドイツでサッカーをしている以上、少なくとも「何を言っているかだいたいわかる」くらいのリスニング力はあるだろう。そのため、ドイツ代表の指示や会話を聞き取り、それを皆で共有できる。相手が何をしようとしているか、即座にチーム全体が把握できる。

一方でドイツ代表は日本語を理解できないと思われる。日本でのプレー経験がある選手は1人もいないし、仮に日本語がわかるスタッフを雇ったとしても、試合中にあちこちで高速で交わされる日本語のやりとりを全て聞き取ることは難しいだろう。
もちろん日本人選手も「ロングボール」「カウンター」などの英語を使うことはあり、それらはなんとなく聞き取れるだろうが、具体的な指示や会話は日本語メインで行われるため、ドイツ代表にはほとんど理解できないはずだ。

この非対称性、日本代表には越えられてドイツ代表には越えられない言葉の壁が、日本代表に有利に働く可能性は高い

ちなみに、同じことは2戦目のコスタリカ戦、3戦目のスペイン戦にも言える。この2カ国はスペイン語を使用するのだが、日本代表にはスペイン歴の長い柴崎と久保がいるため、相手チームが何を話しているかを概ね理解し、共有できると思われる。

余談だが、これを書いていて、太平洋戦争末期に暗号をことごとくアメリカ軍に解読された日本軍が、苦し紛れに薩摩弁を使ったところ、しばらく解読されずに時間を稼げたという逸話を思い出した。

2、相手のサッカーへの"慣れ・不慣れ"

「最近の日本代表、ヨーロッパの国と試合してなくない?」そう思ったことのある人はいるだろうか。昔はフランスとかイタリアと試合してたじゃん。なのに最近はパラグアイとかアメリカとか…
これは事実で、ちゃんとした理由がある。JFAの怠慢とか、日本代表がヨーロッパに嫌われているとかではない。単に、試合を組めないのだ。
理由はネーションズリーグ。「ヨーロッパの国はヨーロッパの国とだけ親善試合をしましょうね〜!」という、21世紀とは思えない排他的なシステムだ。

これによって、ヨーロッパ各国は強豪国の多いヨーロッパ内でのみ親善試合を実施できるようになり、他の大陸への移動(に伴う負担)もなくなった。客観的に見て良いことづくめに思える。(現場からは"意味があるのか" "疲れる"などと不評だが)

しかしこのシステムは、W杯でヨーロッパ勢に不利に働く…可能性がある。

ヨーロッパ各国の代表チームは、もう何年もネーションズリーグでヨーロッパの国々とばかり試合をしている。つまり、他の地域(アジアや南米あたり)とは基本的に試合をしていないことになる。
すなわち、ドイツをはじめヨーロッパ各国は、ネーションズリーグのせいで異なるサッカー文化に触れる機会を失ってしまったのだ。(もちろんヨーロッパ内にもいろいろな文化があるので、「全くない」とは言えないが、激減したことは間違いないだろう)

対して、日本代表やブラジル代表、アルゼンチン代表、アメリカ代表のように、ヨーロッパ外の国(チーム)でありながら選手の大半がヨーロッパのクラブでプレーしているチームは、比較的ヨーロッパのサッカー文化に慣れている。特に日本代表にはドイツのクラブでプレーしている選手が多いため、ドイツのサッカーの特徴は把握できていると思われる。

長くなってしまったが、要するに
ドイツ代表はW杯でいきなり日本のサッカーに触れることになるが、日本代表はドイツのサッカーに比較的慣れている
という話である。ドイツ代表とは16年近く試合をしていないので、「完全に慣れている」とは言えないが、少なくとも不慣れではないだろう。

サッカーに限った話ではないかもしれないが、サッカーは地域ごとに価値観、戦術、テンポ、選手の体形、身体能力などが異なり、これが試合のやりやすさ、やりにくさに地味に影響する。(例えば日本代表は昔から南米勢とアフリカ勢が苦手で、ヨーロッパ勢は比較的得意)
これが日本代表に有利に働く可能性があるのではないかと、僕は考えている。

W杯という一発勝負、それも初戦において、このギャップが日本の味方になる可能性は小さくないのではないだろうか。

※ちなみに、ドイツ代表もこれを懸念してかW杯直前にオマーン代表との強化試合を組んでいる。オマーン代表は日本をW杯最終予選で散々苦しめた名チームだが、中東のチームなのでアジア勢対策としては少しズレている印象を受ける。「ヨーロッパ以外のサッカー文化にある程度慣れておく」くらいの意味しか持たないのではないか。

3、代表監督の経験値

ドイツ代表を率いるのは、ジャック・バウアー似のハンジ・フリックという監督だ。3年前、世界的強豪バイエルン・ミュンヘンの監督に臨時で就任し、驚異的な好成績を記録。そのまま正式監督に就任し、「サッカー史上最強説」も出るほど圧倒的に強いチームを完成させ、世界一に輝いた。
その後バウアー… じゃなくてフリックは、レーヴ体制が限界を迎えていたドイツ代表監督に就任。ここでもチームを蘇らせ、世界最速でW杯出場を決めた。

まさしく名将。世界最高峰の監督に挙げられるのも納得である。日本代表監督の森保一とは、選手たちの差以上に大きな差があるかもしれない。

しかしそんなフリックにも一つだけ不安要素がある。それは代表監督経験の少なさだ。ドイツ代表のアシスタントコーチ歴は長いが、代表監督歴はわずか1年半であるユーロ2020も経験しておらず、真剣勝負といえば明らかな格下相手のW杯予選のみ。代表監督としての期間も経験も非常に少ない。

バイエルンでの素晴らしい経験があるとはいえ、クラブ監督と代表監督は似て非なるものだ。かつて名将アンチェロッティが「代表監督に就任することは職を変えることを意味する」と話したことからもそれは明らかである。
練習時間が短く補強もできない代表チームには、クラブチームとはタイプの異なる難しさがあり、特にW杯のような何が起きるかわからない一発勝負では難しさがアップする。そういった難しさは、(監督に限らず選手でも)"経験"がフォローしてくれることが少なくない。そんな"経験"が少ないフリックは、どこかで足元をすくわれるかもしれない。

その点、4年の間にアジアカップ、東京五輪、W杯予選と真剣勝負を何度も戦ってきた森保一は、(何度か地獄を経験したりしながら)着実に代表監督の経験値を積み上げてきた。客観的に見て、代表監督としては先輩と言える。もちろん"経験があるから安心"などということはないし、そもそもの能力差もあるが、それでもこの2人の代表監督経験の差が、ひょっとしたら番狂わせを手助けしてくれるかもしれない。

4、日本代表監督はドイツ代表監督マニア

日本代表監督の森保一は、かつてハンジ・フリック率いるバイエルン・ミュンヘンを理想に掲げていた。具体的にどんなところを理想としていたのかはインタビュー記事を調べてもらえればと思う。ここで書くと長くなるので。
彼はフリック率いるバイエルンをただ高く評価するのではなく、実際に自分が率いるチーム(日本代表)に真似させようとしていたわけで、かなり本気でバイエルンの試合を研究したのだと思う。
Jリーグを3度制覇したプロフェッショナルが、"マニア"レベルで戦術を分析したわけで、彼はフリックのサッカーに日本一詳しい可能性がある。

ところで、W杯のような一発勝負では、「自分たちのサッカー」よりも「相手チームの戦術対策」がモノを言う傾向がある。
つい最近、一発勝負の天皇杯決勝においてJ2下位のヴァンフォーレ甲府がJ1上位のサンフレッチェ広島を破ったジャイアントキリングも、この傾向の現れだったと思う。徹底的に広島対策を練ってきた甲府に対し、広島は自分たちのサッカーを披露することができず、PK戦の末に敗北を喫した。森保一もこの試合を現地で観ており、W杯に向けて刺激を受けたという趣旨のコメントを残している。

ハンジ・フリックのサッカーを人一倍研究したであろう彼は、この「相手チームの戦術対策」には自信があるだろう。また、もともと彼は格上相手に真価を発揮するタイプの監督であり、相手チームを入念に対策して良さを出させないことは得意と思われる。

選手としてドーハの悲劇を経験した森保一は、監督としてドーハ(に隣接するエリア)で開催される一発勝負にて、何を見せてくれるのか。
フリックがドイツ代表監督に就任する以前から彼のサッカーに魅せられ、本気で研究していたプロだからこそできる、"フリック・ドイツ対策"に期待したい。

5、スタジアムの気温の低さ

イメージ通り、カタールはとても暑い国である。今回のW杯は特例で冬開催となっているが、それでも気温は30度台後半を記録しているらしい。もはやサッカーをする環境ではない。
しかしながら、それを軽減するべく全スタジアムにエアコンが設置されている。記憶が正しければ、日本vsドイツが開催されるハリーファ国際スタジアムも、W杯予選で日本代表が使用した際は気温が20度前後に保たれていた。
この涼しさが、日本の味方になる可能性は高い。

サッカーにおいて、戦力的に勝ち目の薄い試合では、泥臭く走り回って粘り強く戦うことが必要になる。日本代表もドイツ戦、スペイン戦では当然そうするだろう。ただでさえ個の力で劣っているのに、相手より走らなければまず間違いなく負けるからだ。(素晴らしく洗練された戦術でもあれば話は別だが、時間のない代表チームにそれは期待できない)

気温の低さはそのサポートになるのだ。言わずもがな、人間は暑いところよりも涼しいところの方が体力が持続する。これは東京五輪のマラソン会場をめぐるゴタゴタからも(ry
エアコンによって涼しく保たれた空間でなら、スタミナ切れをさほど気にせず全力で走り抜くことができる。また、今大会は参加選手数も1チーム23人から26人に拡大されており、交代枠も3から5に増えている。これ自体が日本に有利に働くかはさておき、これまでのW杯に比べて、運動量豊富に戦えるのは間違いないだろう。
現代サッカーでは、一部のスーパースターを除きどの選手、どのチームもよく走る。なのでスタジアムの空調はどのチームにとってもありがたい設備だ。しかし、運動量で絶対に負けられない日本代表のような中堅国は、特に大きな恩恵を受けられると思われる。

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