俺は騎士になりたい『第二話 教導の国2』マハト・オムニバス~ファンタジー世界で能力バトル!~

*俺は騎士になりたい第一話:『見習い騎士』マハト・オムニバス

 日が天頂を過ぎた頃、剣撃の音に誘われるように訓練場へと足を踏み入れる者がいた。身なりは白い衣に包まれ清らかであり、顔に刻まれた皺は大樹のような温かさを感じさせる。
「訓練は順調なようだね、若者たちよ」
 その声にマーリンは首が一回転しそうな勢いで振り返った。
「ら、ランドルフ法王!? どうしてここに?」
「隙あり——ッ!」
 背を向けたマーリンをテッドが狙う。だがマーリンはそれすら悠々と避け、テッドは勢いそのままに地面に転げ落ちる。
「ふふふ……元気があるのは良いことだ。その元気をぜひ国のため、アルモア教のために使ってほしい」
 ランドルフが微笑む。マーリンは慌てた様子でテッドを抱き起こし、目にも止まらぬ速さで膝をつかせた。そして自らも同じように膝をつく。
「もったいないお言葉です。我々一同、励みになります」
 ここまで飄々としていたマーリンが急にかしこまったように話すのがテッドには少しだけ滑稽に見えた。とはいえ、この国最大の権力者がいきなり現れれば、からくり人形のようにカクカクしてしまうのも無理からぬことだ。
「グランデは自然を造り変え、自らの欲望のままに生きています。我々アルモアの信徒も家を建てたり衣服を作ったりしますが必要以上のことはしません。グランデのようにしていれば、いつかは自然が破壊し尽くされてしまいます。そうならないためにも我々騎士団が異教徒を討伐し、自然との均衡を保たねばなりません」
 マーリンが紋切り型のセリフを述べると、ランドルフは二人に笑いかけながら落ち着いた声色で話し始めた。
「君はアルモア教を正しく理解しているようだ。二人とも楽にしておくれ。これからアポテミスを背負って立つ若者たちを見たくてね。つい顔を出してしまった。大いに励みなさい。大いに失敗し大いに学びなさい。それが明日のこの国を造るのだから」
 テッドにはランドルフが「何か深いことを言っている」ということだけはわかったが、言葉の真意までは読み取れなかった。ただ「頑張ってくれ」というニュアンスだけは理解できた。

——彼らの住む国、『アポテミス』はアルモア教を信仰するいわゆる宗教国家だ。
 アルモア教の総本山であるアポテミスは他国よりも宗教色が濃く、教義を守る司祭や、彼らを守護する騎士たちは尊敬され、敬われる。一般庶民とは一線を画す存在だ。
 その司祭の中でも最高位の法王はこの国の統治者である。その法王がいまテッドたちの目の前にいるランドルフ=ホワイトその人である——

 そんな法王が一介の騎士とその見習いの前に現れたのだから、マーリンが驚くのも無理はない。
 表面上涼しい顔をしているマーリンだったが、服の中は汗でびっしょりになっていた。国の最高権力者、アルモア教を統べる法王というのは、この国ではそれだけ畏れ多い人物なのだ。
「法王、そろそろお時間です」
 従者の声でテッドが顔をあげると、ランドルフは手を上げて頷いていた。
「わかった。最後に君たちの名前を聞かせてくれないか?」
「わたしはマーリン=ラブレス。こっちは見習いのテッド=ブロードです」
「ラブレス? ロアンの身内か?」
 マーリンが名乗ると従者は首をかしげる。
 テッドは従者の顔をまじまじと見つめ、目を見開いた。短く整えられた金髪と青い瞳、凛々しいその顔立ちには見覚えがある。
「はい、カトレア様。兄も騎士として法王にお仕えしております」
 マーリンが頷くとランドルフは喜んだ。
「そうか。兄上のことはこのカトレアからよく聞いているよ。君も兄上と同じように励んでくれ。それじゃあ、邪魔したね」
 ランドルフは最後まで笑顔を絶やさずに手を振り、静かにその場を後にした。カトレアもその後に付いて訓練場を出ていく。テッドはその後ろ姿を羨望の眼差しで見つめていた。
「わぁ~、カトレアさん……本物なんだぜ……」
 その視線はランドルフに向けられたものではない。ランドルフの従者、アポテミス騎士団団長・カトレア=クロスに向けられたものだ。
 大人たちが酒場で語る彼女の武勇伝をテッドは小さな頃から何度も聞かされてきた。
 女性でありながら騎士団の団長に就任し、これまで数々の武勲を上げてきた歴戦の勇者。
 孤児だったところをランドルフ法王に拾われ、そこから団長まで登り詰めたというのだから、それこそ物語の一説めいている。
 騎士道精神に厚く、民衆からの信頼も厚い、まさに生ける伝説。カトレアはテッドにとって理想の騎士、目標とするべき存在だった。
「ふう、まさか法王様がこんなむさ苦しいところに来るとは思わなかったぜ。危うく心臓が破裂するところだった」
 額の汗をぬぐったマーリンは隊服の胸元をばたつかせる。そんな彼とは対照的にテッドは子供のように無邪気にはしゃいでいた。
「相変わらずカトレアさんはかっこいいぜ~! こんなに近くで見たの、俺初めてなんだぜ!今日はついてる! みんなに自慢してこよう!」
「お前は良いな、単純で……」
 有頂天のテッドにマーリンは思わず呆れた声を漏らした。

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