見出し画像

秘密のイチゴ

ユカとミユはクラス替えで席が近くなってから友達となった。いや、親友といった方がいい。いつも一緒にいないとダメなのだ。小学校では親が学校に提出した登下校の道順の通りに帰るという決まりがある。

帰る方向は同じで家も近いのに違う道で帰るのがおかしいと、いつも思っていた。親がお互いを知らないため、登下校の道が微妙に違っていたのだ。

「ママのいう通りに帰ったら一緒に帰れないじゃない」

ミユがユカの手をつなぎブラブラさせながら頬を膨らませて言う。

「そうだよね、1年生じゃあるまいしぃ」

ユカも手をぎゅっと握り返し、同意する。

「私達小学3年生だもんねー」

結局、親にも先生にも内緒で2人は一緒に帰るようになった。

「方向が同じなのに一緒に帰れないって変だよねー」

「なんで守らなきゃいけないんだろう?」

「なにかあった時のため、だってさ」

「意味わかんなーい」

仲の良い子との登下校は至福の時間だ。男子の暴言にも強気で返せる。1人でバカ・ブスと言われたら下を向いて黙って涙をこらえるしかない。ひどいとランドセルを乱暴に引っ張られたりする。

「1人で帰る方がよーっとぽど危ないよねぇ?」

「大人って子供のことを知らないよね?」

「マジそれ!」

ケラケラと笑いながら少女達は10分ほどの道のりを楽しんでいた。

その発見は突然だった。

校門を出て角を1つ曲がったところにある集合住宅の茂みに点々と赤いものが見えたのだ。

「なんだろう?」

2人がじっと眺めるとそれは小さな小さな実だった。

「ちょっと白いね。ブツブツしてるけど、イチゴ?」

「今まで気づかなかった」

「これって食べられるのかな?」

次の日、キイチゴかもしれない、とミユがユカに言った。帰宅後、絵を描いて見せたらキイチゴとおばあちゃんが教えてくれたそうだ。

ミユはクラスでも絵が上手く、表彰もされたことがある。ユカがキイチゴが食べられるかどうか図書館で調べようと提案をした。

「ブスブース、廊下走っちゃダメなんですよぉ」

バカな男子のからかいも気にならない。もう頭の中はキイチゴだらけだ。

ドキドキしながら図鑑コーナーで植物図鑑をゲットしてページをめくる。

「キイチゴ、あった!バラ科キイチゴ属の落葉低木の総称。甘酸っぱい味がします…!食べられるみたい!」

辞書の早や引き大会で優勝したユカがすぐにキイチゴのページを見つけた。

「ラズベリーもキイチゴって書いてある!ラズベリーってケーキとかに使われているあれ?」

この前買ってもらったケーキを思い出し、ミユがウットリした。

「いい?あれは秘密のキイチゴよ。私達が見つけたんだから誰にも言ってはダメ。2人だけの秘密よ」

帰りに観察した「秘密のキイチゴ」は図鑑で見たものよりも白っぽくまだ熟れた状態にはほど遠い。

「これから毎日、食べられるようになるまで秘密のキイチゴを守ろう!」

秘密を守る、その言葉がより2人の絆を甘美なものとした。

1週間ほどするとキイチゴはツヤツヤと美しい赤色となった。

選んだキイチゴを口に含むと。

「す、すっぱ甘い!」

「お店のとは違うおいしさ!」

秘密という言葉で美味しさが十倍にもなったキイチゴの2つ目を食べようと手を伸ばしたその時!

「おい!なにやってんだよ!」

いつもからかう男子が近寄ってきた。キイチゴのことばかり考えていて後ろにいるのに気づかなかったのだ。

「あーあー、勝手に食べてるー」

「私達の秘密なんですけど!あっちいってよ!」

「キモッ!」

カーっとなった男子が2人を殴りかかろうとした。

「こら!女の子を殴っちゃダメだろ!」

大人の声がして男子は慌てて逃げていった。

ビックリして声の方を見るとお兄さんとおじさんの中間くらいの人が立っていた。

「大丈夫?痛いところはない?」

「はい、大丈夫です。ありがとうございました」

ユカが深々とお辞儀をした。

「ところで君達なにをしていたの?」

「秘密のキイチゴを食べていたんです。」

「おじさんありがとうございます。お礼に秘密のキイチゴを食べませんか?どれでも好きなのを食べていいですよ」

「おじさんかぁ。まだお兄さんだと思うんだけどなぁ。秘密のキイチゴか。可愛いね。ありがとう。本当に美味しそうだね。でも、お兄さんの部屋にはもっと美味しいお菓子があるんだよ。食べにおいでよ」

「ホントに?」

ミユがお菓子という言葉に反応をした時、ユカが言った。

「ありがとうございます。でも寄り道は禁止なんです。一度おうちに帰ってお母さんに聞いてからでもいいですか?」

「家、この近くなんだ。お兄さん、可愛い子とお茶がしたいんだよ。いいからおいでよ」

近くにいたミユの腕が掴まれた。

「あ、あの、お母さんが知らない人の家にはって…」

「知らない人じゃないよ!今、助けてあげたじゃん!」

「おじさん!痛い!」

「おじさんじゃなくてお兄さんだよ!」

ユカはガタガタと震え体が動かない。ズルズルとミユは引っ張られていった。

「なにやってるの!」

秘密のキイチゴの奥から女の人の声がした。

男はミユの腕を離し走り去った。

男は最近、小学校の近くに出没する変質者だった。登下校は学校に提出された道順を守るようにと言われていたのは、変質者対策のためだった。

追い払われた男子は急に現れた男が変だと思い、学校に先生を呼びに行っていた。

駆けつけた先生と連絡を受けた警察官が周囲を探し回った結果、幸運にも変質者は捕まった。ユカとミユの寄り道が変質者逮捕へと繋がったのだ。

でも道順を守らず帰ったことは叱られた。勝手に生えていると思ったキイチゴは女の人がジャム用に育てていたもので、親は何度も女の人に謝っていた。女の人は「いいんですよー」と笑って許してくれた。

ユカとミユは

女の人にキイチゴを食べたことで「ごめんなさい」

先生とお母さんに道順を守らなかったことで「ごめんなさい」

とあやまり、

男の子に先生を呼んできてくれて「ありがとう」

とお礼を言った。

男の子は「へへん」と偉そうな顔をしたけど、それ以降、あまり意地悪をしなくなった。

今回の事件をきっかけにユカとミユのお母さんは顔見知りとなり、1人で帰るよりも方向が同じなら、と学校へ提出する登下校の道順を変えてくれた。

「良かったね」

と先生はニッコリ笑った。

それから2人は卒業するまで仲良く一緒に登下校をした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?