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「『数寄の長者〜戦国茶湯物語〜』竹馬之友篇 第五服 晴成厩府」を改訂しました。 安富氏の考察を行った結果、香西氏も上香西家と下香西家だけではなく、いくつかの血統があると考えたからです。 史料を紐解いた論文をいくつか読み、その考察から改訂に至りました。本筋は変わりません。

第一章 動乱前夜 登場人物(一)

第一章 動乱前夜 和歌解説(一)

『数寄の長者~竹馬之友篇~』各話のタイトルを和製漢文に変更しました。 本文冒頭に、読み下しを添えましたので、意味を考えてみていただけますと幸いです。

『数寄の長者〜竹馬之友篇〜』第一章第十服を現在リテイク中。内容は変わりませんが、読みやすいようにしています。

第一章 動乱前夜 第六服 二虎競食

4239文字 数寄の長者 第六服 岸辺の城

アルファポリス歴史時代小説大賞に応募

第一章 動乱前夜 第三服 有乱寧波

序章 第〇服 安赦帰堺

第一章 動乱前夜 第一服 三午生休

茶道の祖は足利義教公というと、変な顔をされるんですが、茶湯御政道は足利義教公が将軍権威を高揚するために序列を明確化するために用いたものが始まり。 この辺り余り詳しく歴史の授業で教えないからかなぁ?

第一章 動乱前夜 第二服 同乳連枝

小説『数寄の長者〜三人の天下人に仕えた茶人〜』に登場する田中与兵衛を田中与右衛門に、田中与一郎を田中与兵衛に変更しました。 永享年間頃には既に商人では仮名の継承が行われなくなっていることが分かったからです。 利休の祖父が隠居し道悦と名乗ってから名乗りを継承させる予定でした。

数寄の長者、第三話3357文字。あと2200文字弱。 お待たせしてます(誰も待ちよりせんがな)。

大永四年、三月六日、足利義晴が細川尹賢邸に御成。 そこで公家、御供衆らに玉阿弥が茶を点じ、給仕を千阿弥が行ったとある。因みに千阿弥はこの頃既に相当な高齢であったと思われます。 千阿弥が利休の祖父ではない証ですね。

第三話苦戦してます(いつものことやないかい)。 現在2900字前後。残り2600字程度。 それというのも寧波の乱の日付特定に時間が掛かり、剛使(遣明使の正使と副使)の経歴が詳らかになっておらず、名前だけでは……ということで、色々調べていたからなんですけどね(笑)

『数寄の長者』第六服 発心寺殿は第七服へと変更になります。 これは菱木の戦いの前、武田元光上洛の前に、野田の戦いがあり、菱木の戦いのあとに誉田の戦いがあるからです。 野田の戦いと誉田の戦いについては、詳細が分かっていないのですが、畠山義宣と畠山稙長の争いの一つかと(笑)

読み返す度に書き直しが発生している今日此頃。 数寄の長者 第一服、加筆修正しました。

第一章 動乱前夜 第五服 晴成厩府

#数寄の長者 進捗 第六服 発心寺殿 2335文字 第七服 菱木の戦い 3190文字 第六服と第七服は元々一話だったのを分割したためこのようになりました。 のちに細川高国の援軍として出てくる武田元光をここで登場させておいた方が良いだろうと考えました。

4356文字(残1144文字) #数寄の長者 第六服 岸辺の城

4108文字 数寄の長者 第六服

『数寄の長者』第四服 尹賢の面目を修正しました。 宮寿丸(細川氏綱)と同時に元服したのは虎益丸(細川晴国)で、のち高国の残党を率いて晴元と敵対します。氏綱は晴国が死んでから残党を率いました。 これで心置きなく第五服へ進めますね。

第三話4113文字。残り1400弱。みんな宋素卿が悪いんや!(嘘)

池永氏は日向屋、湯川氏は備中屋。 両家が結びつくことで、池永氏は細川氏と、湯川氏は大内氏と結びついていたのではないか?