DoingとBeing

DoからBeへ

DoからBeへ

最近「Do(やる)」と言う言葉に違和感を感じる。 Doを見直すタイミングが来たのかな?と想う。正確には、Doを認識して、Doするか(ダジャレみたいになった)を選択する時代が来たと想う。 DoからBeへ。やる から ある へ。 武豊さんとサイバー藤田さんの対談で ある雑誌の武豊さんとサイバー藤田さん、あとは別の雑誌での藤井聡太さんのインタビューを読んでいると 「これが向いていると感じた」 「僕がやっていることは、"努力"だと思ってやっていない」 と言うことを言ってい

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悪い事を排除しても良い事は増えない

悪い事を排除しても良い事は増えない

Doingな落とし穴 Doingな価値観を持っていると「悪い事」にとても敏感になります。 良い・悪いと言った二元論で考えるので当然と言えば当然なのですけれども… ここにちょっとした落とし穴があるのです。 ソレは「悪い事」を無くす努力をすると、自動的に「良い事」が増えると思ってしまう事です。 冷静に考えると解るのですけれども求めている「良い」を全くしない状態は「良くない」であって「悪い」では無いですよね? その逆もまた然りで「悪い」を全くしない状態は「悪く無い」でし

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“being”を見直す坐禅のすすめ

“being”を見直す坐禅のすすめ

坐禅をして何に気づくかっていうのは、結局のところ他者であり、他のものによって成り立たされているんだなって、そんな中に、自分っていうのがちっちゃく光り輝くものとして、自我っていうものがあるんだなっていう冷静な見方を取り戻すと、意外といいかんじに人生流れますよってことだね(by こーさん) こんにちは。月1回の坐禅会とnote投稿をゆるやかにしています。前回の記事から溢れ出てしまった内容を載せたいと思います。スピンオフのような話題だったので、別立てで書くことにしました。 自分

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コロナが気づかせてくれたこと

コロナが気づかせてくれたこと

この数か月、自分でも『過度に動き回っている』状態であると感じていました。 これは、夫を亡くす直前から1周忌に至るまでの自分の状態と似ています。 危機感が強まると、動くことで自分を保とうとしているのか… 『Doing』と『Being』 今夜、全域で緊急事態宣言が解除されるという報道に触れ、自分に沸き上がっていることを整理しようかなと思いました。 【自分にとって大事な人】 コロナ禍、義母が私にとってかけがえのない人であることを認識しました。 我が子も、もちろんかけがえのない存

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社会起業家を支える、社会「投資家」の本気のあり方(山中礼二)

社会起業家を支える、社会「投資家」の本気のあり方(山中礼二)

2019年に出版10周年を迎えた『国をつくるという仕事』の著者であり、貧困のない世界を夢見て23年間奮闘してきた元世界銀行副総裁・西水美恵子さんとの対話会を、英治出版にて同年11月14日に開催しました。 世界中で貧しい人たちのもとを徹底的に歩き、彼らの盾となって権力者たちと戦い、世界銀行という巨大組織の改革に挑んだ西水さんの言葉や姿勢から、参加者は何を感じたのか──。 参加者の一人であり、社会課題を解決する可能性を持ったベンチャーに対して「社会的インパクト投資」を行う山中

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