_晴れ間に見える雨の色は? 渓谷に流れる時間が歪む合図はいつもその言葉だった。 歪む、でも悪い事じゃない。 私にとっての世界は歪。 でもそれは世界の正常で。 世界の時間が歪む時 私にとっては正常な時間の始まりだった。 そんな時間を彼はまた始めようとした。 またこの場所で。
雨が降り続けるある日のこと。 学校から帰るバスの中で押しつぶされるのが馬鹿馬鹿しくて 傘が雨音を奏でるのを聞きながら歩いていた。 そんな帰路だった。 _この辺りには神様の木があるんです そう話す彼の その声も顔も名前も知っていたはずなのに なんだか初めて会った気分になった。
「この辺りには神様の木があるんです。 何か碑があるわけじゃない。 ただ静かにずっしりとこの地に根を張っています。 そうやって長い間この地を見つめる神様にはきっと 僕たちの今までもこれからもお見通しなんでしょうね」 と、彼は私の横で言った。 なんだか初めて会った気分になった。
久しぶりの再会だった。 あの頃から少し背が伸びて あの頃と変わらない髪型で あの頃よりも大人びた青年。 あの頃…。 同じ教室にいるのに別の空気を吸っているかのようで、濁った心を持ち合わせていないような……そう、彼は透明で美しかった。 顔も名前も知っていたはずの「彼」。
講義のサボり方を知った21歳の夏、 衰退の「た」の字まで見えている街を目指して電車に揺られた。 人よりも植物の方が生き生きとした街の竹に囲まれた渓谷を歩いていた。 あの頃のように。 すると… 「晴れ間に見える雨の色は?」 背中に向けられたその声に思わず答える。 緑色、と。
彼は今、何をしているだろうか。 私は今まで、何をしてきたのだろうか。 私の目にはまだ、緑の雨は映るだろうか。 単位の取り方と講義のサボり方を知った21歳の夏。 晴れた日。 この渓谷。 変わらず彼は問いかけてくれた。 変わってしまった私に。 晴れ間に見える雨の色は?_と。