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尼港事件(にこうじけん)

2年前
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【百年ニュース】1920(大正9)3月6日(土) 前日の外交調査会の決定に従い、シベリア撤兵方針を閣議決定。守備線を短縮し、バイカルおよび黒竜江省から撤兵し、東支鉄道沿線および浦潮地方の沿海州に配置。黒竜江河口の港「ニコライエフスク」は樺太防衛上の要地として守備兵駐屯を継続。

【百年ニュース】1921(大正10)8月12日(金) シベリア臨時海軍防備隊司令,大田原達大佐が東京の自宅に戻った。「尼港」「亜港」と名付けた2匹のシベリア産の子犬を持ち帰る。交代でシベリアに派遣されたのは秋元秀太郎大佐。だが9月9日アムール川上流で海軍越冬工事中のマリンスクを視察中に病死した。

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【百年ニュース】1920(大正9)7月7日(水)ヤーコフ・トリャピーツィン(Yakov Tryapitsyn)、ニーナ・レベデワ(Nina Lebedeva)ら尼港事件の首謀パルチザン計32名が、ケルビでボルシェビキと連携中の元白軍将校アンドレーエフ(Andreev)の部隊に逮捕される。2日後に全員が死刑宣告をうけ即刻処刑された。