見出し画像

Beyoncé 「RENAISSANCE」全曲レビュー

先日リリースされたBeyoncéの約6年振りとなる通算7作目となる新作アルバム「RENAISSANCE」。
Coachellaでの伝説的なパフォーマンスや「The Lion King」のサントラの監修、その他シングルのリリースはありましたが、アルバムとしては「Lemonade」以来のリリースということで全世界が待ち望んでいた作品でしたよね。
今作は世界的にコロナの流行が始まった3年ほど前から制作されていた作品だそうで、ステイホームとなり外世界との繋がりが止まってしまった期間に出来た膨大な時間によって生まれた1枚です。
「RENAISSANCE」とは復活や再生、文化の復興などを意味する言葉で、彼女は今作でパンデミック期間中に抑圧されていた人々の塞ぎ込んでいた気持ちや感情、欲求などを解放しようという意味でこのタイトルにしたのかなと思いましたね。
そこで彼女が表現として選んだのがダンスミュージックでした。
先行シングルの「BREAK MY SOUL」がハウス全開のサウンドだったので来たるアルバムもハウス色が強いものになるという予想もされてましたが、ハウスを含めたダンスミュージックの長い歴史を総括するような圧巻の内容でしたね。
ハウス、ディスコ、アフロビーツ、ダンスホール、レゲトンなどなど、様々なジャンルのダンスミュージックがジャンルの枠を超えて響き渡るクラブのような今作。
あまりにも濃く情報量の多い作品だなと思ったので、自分なりにその魅力や楽しみ方なんかを書いてみようかなと思い今回記事にしてみました。
アルバム全16曲を1曲ずつ掘り下げて解説してみたいと思います。
読んだ方がこの作品をより好きになったり、より楽しめるようになったら嬉しいです。
ちなみに引用されている楽曲のタイトルやアーティスト名のところにその曲が聴けるリンクを貼っておいたので、気になった方はぜひチェックしてみてください。
それでは長くなりますが最後までぜひお付き合いください。

1. I’M THAT GIRL

まず冒頭1曲目から度肝を抜かれます。
怪しく繰り返されるヴォイスサンプルと極太のベース、次第に熱を帯びていくレゲトン調のグルーヴ。
解説早々言ってしまいますが、今作で最も挑戦的で聴いた事のないタイプの楽曲ですね。
製作陣はBeyoncé、Mike Deanなどに加えKelman Duranという見慣れない名前が。
彼はドミニカ出身のプロデューサーで現在はLAを拠点に活動していて、サウンドの特徴としてはレゲトンやダンスホールレゲエのリズムをベースに、ダークでアンビエントな質感の響きをミックスしたようなかなり前衛的なサウンドで、音楽好きの中でもごく一部の界隈で盛り上がっていたようなまだまだ知名度の低い存在。
そんなKelman Duranを新作アルバムの1曲目に起用するというのがまずぶっ飛んでますよね。
そもそもどうやって彼の存在を知ったのか?
Beyoncé本人だとしたら本当に凄いアンテナの持ち主ですね。
Kelman自身のサウンドとも共通するクールで不穏な空気感も、Beyoncéの歌声が乗ると一気に彼女の世界観になるのが流石というか。
ちなみにバックで印象的に使われてるヴォイスサンプルは、90年代からメンフィスベースで活動してるラッパーのTommy Wright IIIPrincess Lokoの「Still Pimpin」という曲。
Lokoは女性ラッパーの草分け的存在の1人で一昨年40歳という若さで亡くなってしまったんですよね。
BeyoncéなりのLokoへのトリビュートの意味合いもあるのかもしれません。
早くも女王の風格を感じる攻めの1曲でスタートしそのままシームレスに2曲目へと繋がっていきます。

2. COZY

続く2曲目もダンスホール調の軽快なリズムの楽曲で、トライバルハウスっぽい要素も感じるサウンドの1曲ですね。
プロデューサーにはシカゴハウスシーンの大物DJ、Luke SolomonHoney Dijonを迎え、ソングライティングにはシカゴハウス界のレジェンド的存在のGreen Velvetの名前もクレジットされています。
さらにはAriana GrandeやCardi Bなどの楽曲のソングライティングに携わり、自分自身もシンガーとして活動しているNijaも作曲とバックコーラスとして参加しています。
そしてこの曲は90sシカゴハウスのクラシック、Lidell Townsellの「Get with U」のビートを引用していて、当時の空気感を取り入れてますよね。
個人的にはHoney Dijonが今作を語る上で重要だと思っていて、トランスジェンダーであり黒人でありクラブDJである彼女は今作のコンセプトを体現するような存在として起用されたのではないかなと思いますね。
そもそもハウスと呼ばれる音楽は70年代にディスコミュージックにシンセやドラムなどの音を加えてリミックスした音源が元で生まれたと言われていて、特に同性愛者が集まるゲイクラブを中心に発展していった文化とも言われています。
この曲にはトランスジェンダーで女優としても活躍しているTs Madisonの言葉と声が使われてますが、今作にはハウスミュージック、そしてそれを生み出し発展させてきたゲイカルチャーに対するリスペクトが他の楽曲も含めアルバムの端々から感じられます。

3. ALIEN SUPERSTAR

NYアンダーグラウンドハウスのクラシック、Foremost Poets「Moonraker」からの引用でスタートする3曲目は、「COZY」とほぼ同じプロダクションメンバーが手がけたハウスフレイバーのエレクトロポップサウンドの1曲。
ソングライティングには複数の名前がクレジットされていて、Lucky DayeLeven KaliLabrinth070 Shakeなどの名前も。
この曲も「COZY」と同様に自分自身へのセルフラブがテーマとなっていて、特に冒頭の「I'm one of one, I'm number one, I'm the only one」というフレーズはシビれますね。
仰る通りですという感じです。
そして何度も出てくる「UNIQUE」という言葉。
これは90年代にゲイクラブを中心にアンセムとして流行したDanube Danceの「Unique」からの引用だと思われますね。
一人一人ユニークな個性を持つ唯一無二の存在だというメッセージですよね。
Beyoncéは女性だけでなくドラァグクイーンの人達やトランスジェンダーの人達などから性別を超えて崇められているミューズであり続けていますが、この曲はそんなファン達へのラブソングとも捉えられる1曲ですね。

4. CUFF IT

4曲目は今作でも屈指のキャッチーな1曲ですね。
プロデュースは今作でほぼ全ての楽曲に絡んでいるThe-Dreamや、同じく多くの曲に参加している女性2人組のプロデューサー、NOVA WAVなど。
多幸感のあるダンサブルなソウル・ファンクテイストの楽曲で、「4」や「Beyoncé」あたりのちょっと懐かしい時代の雰囲気がありますよね。
この曲は演奏陣がとにかく豪華で、ギターはChicのNile Rodgers、ベースとドラムはRaphael Saadiq、パーカッションにはPrinceのバックも務めていたSheila E.が参加というなんともゴージャスなラインナップ。
ブラックミュージック界のレジェンド達の参加はBeyoncéにとっても非常に意味のあることだと思いますね。
ここ何作か新進気鋭の若手やお馴染みのメンツと共に新たなサウンドに挑んできた彼女にとって、70s〜80sのブラックミュージックは心象風景の一つで、子供の頃からずっと親しんできた響き。
それを生み出してきた伝説的なミュージシャンの参加によって、このアルバムのサウンドに深みや奥行きを与えていますよね。
歌詞の内容はかなり赤裸々にセックスや愛の悦びを歌ってますが、そのあたりもあの時代のブラックミュージックの雰囲気と近い空気感があるような気がします。
ちなみに歌詞の「We gon’ fuck up〜」の部分はクリーンバージョンでは全て「We gon’ pull up〜」に変えてましたね。
ライブで盛り上がりそうな1曲ですね。

5. ENERGY

5曲目はジャマイカ出身のラッパー、BEAMをフィーチャーしたダンスホール〜アフロビーツ調の楽曲。
BEAMは今年2月にアルバムデビューしたラッパーで、Justin BieberやJorja Smithなどとも共演している近年注目度を上げている存在ですね。
ちなみに彼の父親はレゲエアーティストのPapa Sanです。
彼の脱力感のある声がアルバムの中で良い意味で箸休め的に作用している感じ。
楽曲の途中にはThe Fugeesの「Fu-Gee-La」などにもサンプリングされているTeena Marieの名曲「Ooh La La La」のフレーズも登場します。
この曲の製作陣にはBEAMやNOVA WAVに加えてSkrillexの名前もクレジットされてましたね。
そして作曲にはPharrellとChad、つまりThe Neptunesの名前もあって、これはどうやらKelisの楽曲をサンプルとして使用しているからのようです。
最初「Get Along With You」という楽曲を使用しているという情報があったんですが正直ピンと来なくて、実際にはKelisの代表曲の「Milkshake」から一部を引用した形のようです。
確かにこの曲の1:40くらいからの箇所で「Milkshake」を思わせるコーラスが出てきます。
ただこれがKelisには無許可だったようでKelisがこの事でお怒りらしく、、
どうなることやら。

6. BREAK MY SOUL

「ENERGY」からシームレスに流れ出す先行シングルのこの曲。
完璧なトランジションですね。
製作陣にThe-DreamやTricky Stewartというお馴染みのメンツを迎えたこの曲はまさにこのアルバムを象徴するような楽曲で、時期をほぼ同じくしてリリースされたDrakeの新作アルバムと共にハウスミュージックの時代の再到来を告げるようなインパクトを世界に与えましたよね。
前作収録の「Formation」でもフィーチャーされていたラッパーのBig Freediaの「Explode」のアイコニックな声を引用し、さらには90sディーヴァハウスのクラシックであるRobin S.の「Show Me Love」のフレーズを取り入れた90sハウス全開のサウンドは、否が応でも体が動いてしまう最強のキラーチューンですね。
最初にこのアルバムがコロナで塞ぎ込んでいた人々の解放がテーマになってると書きましたが、この曲の歌詞はまさにそうですよね。
全てを過去に置いて新しくまた作り出そうというポジティブなオーラが楽曲全体から溢れ出ているようです。
まさに2022年を代表するアンセムですね。

7. CHURCH GIRL

7曲目はソウルフルで優雅な雰囲気から一気にバウンシーなビートに展開する新鮮な響きの楽曲。
製作陣にはNo I.D.がクレジットされていて、まさに彼の得意とする味わい深いネタ使いのサンプリングの効いたトラックですよね。
使われてるのはゴスペルグループ、The Clark Sistersの「Center of They Will」
The Clark Sistersは堅いイメージだったゴスペルをポップで親しみやすく発展させてきた立役者で、Beyoncéはこれまでにも彼女達へのリスペクトを形にしてきてましたね。
Jay-Zの現時点でのラストアルバムの「4:44」収録のNo I.D.プロデュースの「Family Feud」はBeyoncéをフィーチャーし、さらに同じくThe Clark Sistersの「Ha-Ya (Eternal Life)」をサンプリングした楽曲でしたよね。
この曲が面白いのは単にゴスペル風味の荘厳な仕上がりになってるのではなく、サウスヒップホップのようなバウンシーなビートが加わるところ。
ニューオリンズバウンスのクラシックであるDJ Jimiの「Where They At」Nellyの「Tip Drill」が引用され、Beyoncéもラッパーさながらのノリでまくし立てる感じはまさにサウスっぽい雰囲気ですよね。
アメリカのブラックミュージックを網羅するような幅広いサウンドは本当に圧巻です。

8. PLASTIC OFF THE SOFA

8曲目はBeyoncéの初期やDestiny’s Child時代を思い出させるようなバイブスのある楽曲ですね。
The InternetSydとLeven Kaliとの共同プロデュースで、ソングライティングには他にもSabrina Claudioも参加していて、彼女はコーラスとして歌声でも華を添えています。
さらにベースにはThe InternetのPatrick Paige IIも参加していて、まさにThe Internetのサウンドのような柔らかくメロウなグルーヴのジャズ・ファンク・ソウルテイストのサウンドが最高に心地良いです。
Beyoncéのヴォーカルもファルセットを多用した非常に繊細で柔らかい質感の響きで、彼女のヴォーカリストとしての幅の広さも改めて感じますよね。
BeyoncéはこれまでSydやLeven Kaliのような若手のミュージシャン達とのコラボレーションはあまり多くないタイプだったと思いますが、今作ではミュージシャンの有名無名、ベテラン若手問わず様々な才能と仕事をしてる印象ですね。
Beyoncéも40歳となり自分より下の世代のアーティストが増えてきたこともあり、彼らからも良い刺激を貰ってるのかもしれませんね。

9. VIRGO’S GROOVE

今作大活躍のThe-Dream、Leven Kaliとの共作の9曲目。
官能的なグルーヴとBeyoncéのヴォーカルが艶かしく絡み合う6分超えのディスコファンクは、70s〜80sのカラーをメインにあらゆる時代のブラックミュージックを取り入れ描いたマーブル状の絵画のような、これまでに体験したことの無い美しさを放っています。
生のパーカッションの肉感的なリズムで自然と体が揺れ動く至福のグルーヴは、冒頭から終盤まで全くダレることなくむしろ徐々に熱を帯びていくようで、6分間があっという間に過ぎ去っていきます。
タイトルにもあるようにBeyoncéは乙女座で、12星座の中でも特に官能的な星座だと言われているんだそう。
この曲の歌詞ではかなり明け透けに性愛について歌っていますが、その溢れ出る色気は歌詞だけでなく歌声からも伝わってきますよね。
特に後半のアドリブのような低音から高音を自由に行き来するヴォーカルスタイルはこれまで聴いたことのないタイプの歌唱法で、例えが変かもしれないですが彼女の妹のSolangeを思わせる歌声だなと思いましたね。
コーラスの重ね方とか特に。
SolangeとBeyoncéは音楽面で大きな影響をお互いに与え合う素晴らしい関係ですが、ヴォーカルの面でも刺激し合う仲なのでしょうね。
永遠に聴いていられる今作の個人的なベストソングです。

10. MOVE

ここからまたガラッと空気感が変わります。
10曲目はGrace JonesTemsをフィーチャーしたアフロビーツ色の強いトライバルなダンスナンバー。
2019年リリースの「The Lion King」のサントラはWizkidやBurna Boy、Shatta Waleなどのアフリカ出身アーティストが数多く参加した作品でしたが、この曲にはナイジェリア出身のTemsがヴォーカルで参加し、さらにはP2JやGuiltyBeatzといったアフリカ系のプロデューサーが制作に携わり、Beyoncéとの相性の良さを改めて感じられますよね。
あと何と言ってもGrace Jonesの参加が大きなトピックですよね。
70年代に登場して以来、ディスコ、ニューウェーヴ、レゲエ、エレクトロファンク、ハウスとジャンルレスにボーダレスに次々と新しい要素を取り入れ、自分のスタイルにして発信し続けてきたまさに伝説と呼ぶに相応しい存在。
Beyoncéも彼女のスタイル、ファッション、サウンドから大きな刺激を受けて多くのインスピレーションをもらって来たはずで、この曲での共演は他のゲストとはまた違った意味を持つものだと思いますね。
Grace Jonesはジャマイカ出身、Temsはナイジェリア出身。
世代も出身もスタイルも異なる2人の黒人女性アーティストをゲストに迎え、Beyoncé自身も含め同じ土俵の上で魂をぶつけ合って起こった化学反応で生まれたこの曲は、多様性を重要視する今の時代を体現するような1曲と言えるかもしれません。

11. HEATED

11曲目は「MOVE」から引き続きアフロビーツテイストの1曲で、製作陣にはBoi -1daを筆頭にDrake周辺のプロデューサーが数多く参加していて、「I'M THAT GIRL」にも関わっていてたKelman Duranがプログラミングやソングライティングで、「ENERGY」にフィーチャーされていたBEAMがヴォーカルでそれぞれ再びクレジットされています。

はい、というわけで気付いた方もいると思いますがこの曲だけリリックビデオが削除されてます。
というのも歌詞の中に「spaz」という単語が出てくる箇所があるんですが、この言葉はよく脳性麻痺の人に対する差別的な用語として使われるらしく、その障害を持つ方からクレームが入ったんですよね。
Beyoncéは即座に歌詞をアップデートすると発表してるようなんですが…。
彼女としても意図して差別的な表現をしたわけではないと思うので、ちょっともったいなかったですよね。

話を元に戻して、この曲の作曲者にはDrakeの名前もあるのですが、これはこの曲が元々Drakeが自分のアルバム用に作っていた曲を元にして完成した曲だからだと思われます。
ちなみにそのデモ音源がこちら。

まぁほとんど一緒ですよね。
Drakeもつい先日ハウス色の強いアルバム「Honestly, Nevermind」をリリースしたばかりですが、確かにそのアルバムのカラーとこの曲は合わない感じですね。
それがBeyoncéの元へ渡ったという感じでしょうか。
この曲で特筆すべきはBeyoncéのアフリカンMCさながらのスタイルのラップです。
特に後半の声色を変えて畳み掛けるようにラップするところは圧巻ですね。
この人旦那がJay-Zなだけあってラップめちゃくちゃ上手いんですよね。
そしてそのラップ部分で登場する「Uncle Johnny」という人物。
彼はBeyoncéの叔父さんで、彼女の名付け親なんだそう。
デザイナーとしての顔を持つ彼にBeyoncéは様々な文化や個性的なスタイルを教わり、そのセンスに非常に大きな影響を受けたんだそう。
彼はゲイで、HIVの合併症で亡くなってしまったそうです。
このアルバムはそんな彼が好きだったハウスミュージックを取り入れ、彼へのトリビュート的な意味を込めた作品にしようと制作された作品なんですよね。
ただ楽しい、踊れる作品を作ろうというわけではなく、様々な深い意味が込められた作品だということを分かってから聴くとまた違った味わいがあるかもしれません。

12. THIQUE

この曲もまた変わったスタイルの曲ですね。
スカスカのトラックにうねる様な太いベースが絡みつくハウス〜トラップなサウンド。
音数はとても少ないんですが、その分ベースやその他の響きの一つ一つの存在感がより強く感じられて、なんとも中毒性の高い1曲に仕上がってます。
プロデュースしてるのはお馴染みのHit-Boyに加え、Megan Thee Stallionの楽曲を多く手がけているLilJuMadeDaBeatの名前も。
この曲でもBeyoncéはラップしていて、「Savage」でも共演したMeganさながらのBad Bitchなスタイルでぶちかましてます。
自分のBodyについて艶かしく歌った中々にセクシャルなリリックも注目ポイントですね。
分厚いという意味の「Thick」とこのアルバムのテーマの一つである「Unique」をかけた造語の「THIQUE」というタイトルも面白いですよね。
前作の「Lemonade」では浮気をされてしまったことに対する怒りや悲しみ、そしてそれを受け入れ許すことの大変さや難しさが主な歌詞のテーマになっていましたが、今作では解放がテーマだからか非常にオープンにセクシャルな表現が多く出て来ている印象ですね。
セルフタイトルの「Beyoncé」の時もそうでしたが、妻となり母親となったからといって全然守りに入らないのがこの人のスタイルなんですよね。
その攻めの姿勢が色濃く出た1曲です。

13. ALL UP IN YOUR MIND

続く13曲目は彼女にとって全く新しいテイストに挑戦した楽曲ですね。
ハイパーポップですよ!Beyoncéが!
これにはちょっと驚きましたね。
まるでCharli XCXの曲のような変態性の強いシンセの音色が爆発したエレクトロサウンドは、これまでのBeyoncéのどの楽曲とも違うカラーですよね。
それもそのはず、製作陣にはLady Gagaなどを手掛けているBloodPop®︎や、ハイパーポップの祖とも言えるA. G. Cookが名を連ねています。
この人選やサウンドの方向性は正直かなり予想外でしたね。
ディスコやソウル、ゴスペル、ヒップホップやレゲエ、アフロビーツ、そしてハウスなど、このアルバムを聴いて頭に浮かぶのは基本的にブラックミュージックというか、黒人が生み出し発展させてきたサウンドなんですが、この曲だけはちょっと異質というか、良い意味での違和感があるというか。
それが上手くフックとして効いていて、その違和感すら一つの武器にして作品に幅を持たせているのが本当に凄いなと思いますね。
Beyoncéの今後の可能性まで感じさせる、非常に斬新で挑戦的な1曲です。

14. AMERICA HAS A PROBLEM

14曲目はまたインパクトのあるイントロで始まる1曲。
The-DreamとMike Deanとの共同で制作されたこの曲はアトランタ出身のラッパー、Kilo Aliの「Cocain (America Has a Problem)」をそのまま使い、アーリー90s感満載のド派手で安っぽいビートを取り入れたなんとも不思議な楽曲に仕上がってます。
この曲、サウスのヒップホップの歴史を語る上では中々重要な楽曲で、OutKastやLudacrisを輩出した地域として今やアトランタはサウスヒップホップの聖地なんて言われてたりしますが、そのさらに前から実はKilo Aliがその地盤固めをしていたんですよね。
ちなみにこの曲は「Cocaine」というド直球なタイトルなんですが、リリースされた1990年当時社会問題化していたコカインの蔓延を皮肉った歌詞になっていて、女性をコカインに例えて中毒性が高くてやめられないみたいな凄い内容なんですよね。
Beyoncéはこの歌詞を引用して自分自身をコカインに例えて、パートナーを中毒にさせて離れたくても戻ってきてしまう魅力があると言ってるんですよね。
ホント凄い発想です。
Beyoncéはヒューストン出身で、昔はLil WayneやT.I.とDestiny's Childの「Soldier」で共演したり、「Check On It」ではBun BとSlim Thugをフィーチャーしたりとサウスヒップホップシーンとは中々密な関係でしたが、先程の「CHURCH GIRL」やこの曲で久々にそのサウス愛の様なものを感じましたね。
様々なジャンルのサウンドやカルチャーを取り入れているこのアルバムですが、彼女の地元愛も同時に感じられる作りになってるのが個人的にはグッと来ました。

15. PURE/HONEY

今作はクィアカルチャーに対するリスペクトや愛がアルバム全体を通して散りばめられた作品ですが、それが最も色濃く反映されているのがこの曲ですね。
NOVA WAVやMike Dean、The-Dreamなどのお馴染みメンバーの他に、「ALL UP IN YOUR MIND」にも登場したBloodPop®︎や、「CUFF IT」に参加していたRaphael Saadiqの名前もクレジットされているこの曲は、ハウス色の強い「PURE」とディスコティックなグルーヴの「HONEY」の2部構成という作り。
Mr. Fingersの「Mystery of Love」を思わせるシカゴハウス感バリバリのトラックがひたすらクールな「PURE」は、ボールカルチャーのクラブイベントでセクシャルマイノリティの人々が日常の嫌なことを忘れて踊り狂っていた様子が頭に浮かぶような響きという印象。
MikeQKevin AvianceといったボールルームコミュニティーやナイトクラブのアイコニックなDJやドラァグクイーンの楽曲や声が引用されていて、Beyoncéがこの曲で表現したかったことがより分かりやすく提示されていますよね。
そして後半の「HONEY」でも90年代のLGBTQコミュニティーのアイコン的存在のMoi Reneeの「Miss Honey」が大胆に取り入れられています。
あまり表に出ることのないアンダーグラウンドなシーンであるこういったカルチャーやコミュニティーの存在に光を当てることで、彼らがいかに個性的で創造的で魅力的だったかというのを世間に伝えたかったんでしょうね。
自分も今回このアルバムを通して知ったことがたくさんありますが、これを読み改めて聴き直しBeyoncéが作品に込めた思いや意味に少しでも気づいてもらえたら嬉しいですね。

16.. SUMMER RENAISSANCE

アルバムの最後を飾るのはダンスミュージックにおけるクラシック中のクラシック、Donna Summerの名曲「I Feel Love」を大胆にサンプリングしたこちらの曲ですね。
1977年にGiorgio Moroderによって生み出されたこの曲は、その後登場することになるハウス、テクノ、トランス、ユーロビートなどのあらゆるエレクトロミュージックに影響を与えたと言われる、音楽史上最も偉大な楽曲の一つです。
そしてDonna SummerはQueen of Discoと称される、ブラックミュージック界における最大のディーヴァとしてもはやその存在は説明不要ですよね。
BeyoncéはDonna Summerからの影響を以前から公言していて、デビューアルバム収録の「Naughty Girl」ではDonnaの「Love to Love You Baby」を引用するなどその歌や佇まい、スタイルなど多くの面で彼女をリスペクトしているのが伺えます。
今作のテーマの一つであるダンスミュージックの復興、そしてその起源であるブラックミュージックへの敬意。
それを表現するためにDonna Summer「I Feel Love」のオマージュは欠かすことの出来ない方法だったんだと思います。
多くの人が耳馴染みのある名曲中の名曲をサンプリングしたにも関わらず、全く凡庸にならずおしゃれで品良く仕上げているのは本当に見事な手腕だなと思いますね。
こんな感じでダンスミュージック、そしてブラックミュージックの歴史を総ざらいするかのようなゴージャスでクレイジーなアルバムは幕を下ろします。

というわけでいかがだったでしょうか?
様々なジャンルのサウンドを取り入れ、それをレジェンドから新鋭の若手までボーダレスな人選で選ばれた才能の力を借りて形にし、クィアやクラブなどのカルチャーへのリスペクトや愛をサンプリングやオマージュなど多様な手法と表現によって散りばめて完成したこのアルバム。
ダンスミュージックの長い歴史が辿り着いた一つの到達点と言えるような金字塔的な傑作だと本気で思いますね。
楽しくて踊る、何かを忘れたくて踊る、ストレスや欲求を発散させたくて踊る。
人がダンスをするのには様々な理由や動機があると思いますが、Beyoncéはこのアルバムを通してそんな至極野生的で本能的な行動であるダンスの素晴らしさを、ここ数年で忘れてしまっていた人達に再び思い出させようとしたのかなと思いました。
自分はまんまとその思惑にハマり、この夏はこのアルバムを聴きながらずっと部屋の中で踊ってるんだろうなと思いますね。
ちなみにですが今回のアルバム、実は3部作になっているらしく「RENAISSANCE」はまだその序章なんだそう。
この完成度の作品があと2作も控えてるかと思うと、楽しみな反面ちょっとゾッとしますね。
それまではこのアルバムをさらにじっくりと聴き込みたいと思います。

この作品の魅力や楽しみ方が少しでも伝わっていたら嬉しいです。
最後まで読んでくださってありがとうございました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?