日記(le 14 juin 2021)

拙作をもとにした曲の演奏会が開かれること(宣伝)

6月26日(土)に、中野のSpace415というところで、フラウト・トラヴェルソの仲間知子さんとバロック・ヴィオラの鈴木友紀子さんが、中家春奈さんの作曲による『吉田隼人の短歌による組歌 Défaite -敗残-』を演奏してくださるそうです。(中家さんによる告知ツイートはこちら:
今回演奏される作品は仲間さんから中家さんに委嘱されたものとのことで、初演です。タイトルからもわかるように、僕が角川『短歌』2021年4月号に寄せた連作「敗残」が元になっています。中家さんが「敗残」のなかから短歌を2首選ばれ、その印象を笛とヴィオラの音色で描いた組歌というかたちにしていただいたものです。これまでイラストやSSなどの「ファンアート」「二次創作」を描いて/書いていただくことは少なからずあったのですが、拙作をもとに音楽が生まれるのは恐らく初めてのことだろうと思います。「敗残」という連作は博士課程退学・助手任期切れ・みじめな無職暮らし……といった実生活の愚痴のような側面が強く、自分ではあまり意に満たない出来だったのですが、それが他人をインスパイアすることで新しい芸術作品が生まれたというのは、なんだかとても不思議な気持ちがします。
かなり貴重な機会です。夜のお席がまだあるそうなので(6/14午後現在)ぜひご予約を。

ワクチン予約のこと

先週、ついに僕のところにもワクチン接種の予約券が届きました。日頃から死ぬのなんのと言っているくせに接種券が届いたときには小躍りして喜んだものです。(その翌日に公募の不採用通知が来てまた落ち込んだわけなのですが。)
ワクチン接種券が届いた日、もう予約できるものだと早合点して区のポータルサイトからログインしようとするも何回やってもダメで、何を入力ミスしたのだろうと思っていたら、まだ予約が始まっていないだけなのでした。(ちなみに僕はBMI30超えの肥満のため基礎疾患ありの扱いで接種を受けられます。ここまで太っておいてよかったと思うのは初めてかも知れません。)
そして今日、ログインできるようになったことを昼過ぎになってようやく思い出し、慌ててスマホ片手にポータルサイトを見ると、最寄りの会場はおろか区内の全会場が「予約不可」になっています。予約開始が朝9時だったので、待機していた人たちが朝一番に予約したのでしょう。間の悪いことです。けさ9時だったら僕も起きていたから、今日が予約開始日だと覚えてさえいれば予約できたかも知れないのに。
もっとも、時間にさえ間に合えば予約できるほどワクチン争奪戦は甘くはないのでしょう。高齢のご家族のぶんの予約をとろうとした方々のツイッターを見ると、人気アーティストのチケットを取るような壮絶さのようです。受付開始の9時にポータルサイトやログインページを開こうとしても、恐らくはアクセスが集中して何度も再読み込みするようなことになるのだろうと思います。
早く接種を受けようとするのは諦めて、もう少し気長に待とうか、という気持ちにならないでもありません。肥満以外に差し迫った基礎疾患はないわけですし、もっと大変な病気をお持ちの方々に先を譲るつもりでいよう、と。ただ願わくば、残暑の中にも秋風が混じりだす頃に初めての非常勤という大任が始まるので、それまでには僕も学生さんたちも接種を終えられているといいなと思っているところです。(さらに望むならば、全国的にもう少し接種スピードが早まってくれて、お盆には久しぶりに家族に会えるようになれば……とほのかな期待をいだいていたりもします。現状を見ているとまだまだ難しいと思いますが。)

珍しく『文春』を読んだこと(この先政治ネタ注意)

相変わらずweb上のパンデミック絡みのニュースをあれこれ追っていると、反政権系タブロイド紙・日刊ゲンダイのデジタル版にこんな記事が載っているのを見付けました。「尾身会長に問われる本気度『見解』は意地かアリバイ作りか」
中身を読んでみると、その要点となるのは以下のような部分。尾身茂氏をはじめとする感染症対策の専門家が東京五輪開催に対して出すことを予定している、いわゆる「尾身提言」を専門家有志によるものとして出すのか、それとも国の感染症対策分科会による提言として出すのかによって、評価が分かれるというのです。

「開催を前提に専門家として厳しい見解を残しておく“アリバイづくり”と見る向きも少なくありません。もし、尾身氏が本気で政府に耳を傾けてもらいたいのなら、有志ではなく、分科会の見解としてまとめることです。分科会の提言は政府からの諮問は要らず、政府もむげにはできません」(霞が関関係者)

どうも「専門家有志」からの提言では政府は動いてくれそうにないらしい。しかも日刊スポーツ「尾身会長悲壮感…『IOCにメッセージ伝えて』菅首相にのしかかる“提言”」によれば、

提言手段は「私はIOCに直接のコミュニケーションのチャンネルを持っていません」とした上で、「どこに我々の考えを出すか考慮中ですけど、出した人から、IOCにぜひ、我々のメッセージを伝えていただきたい」と、悲壮感を漂わせた。

とのことで、尾身会長らはIOCに「直訴」する手立てをもっていないようなので、なおのこと政府に動いてもらわないと困ります。(尾身会長と同じ感染症対策分科会のメンバーである東北大・押谷仁教授は英紙タイムズに、やはり五輪開催に関する懸念の声を寄せたものの、この程度では「提言」とも「直訴」ともいえないでしょう。)
しかし日刊ゲンダイの記事が発表される前日、6/10発売の『週刊文春』に掲載された京大・西浦博教授へのインタビュー記事「西浦教授<内部告発>70分『菅官邸は尾身提言を潰そうとした』」によると、残念ながら先行きは暗そうです。というのも、五輪の開催可否などについて専門家としての見解をまとめたいわゆる「尾身提言」の原型は、国の感染症対策分科会(以下、分科会。緊急事態宣言の発出および解除を国から諮問される「基本的対処方針分科会」とは別組織)および厚労省のアドバイザリーボード(以下、アドバイザリーボード)の有志が週末に参加していたビデオ会議で議論されたのが元になっているようで、そうなると「提言」を出すとしても分科会としてではなく「有志」としてにならざるを得ないでしょう。それが日刊ゲンダイのいうように尾身会長はじめ専門家の「アリバイ作り」に過ぎないのかどうかは置いておくとして(仮にそうだったとしても、干されたり攻撃を受けたりする危険をおかしてまで「提言」を公表するだけでも価値があると個人的には考えます。しない善よりする偽善!)やはり「分科会からの提言」でないと政府やIOCを動かすだけの効力はないのでしょうか。「有志による提言」では徒労に終わるとしたら、五輪が開催されるされない以前に、なんというか、残念です。政治が科学を軽視し、反知性主義に染まった姿をさらけだすのを見てしまったような気がして。(なお同じ『文春』の記事によると、これは西浦教授の談話ではありませんが、菅首相は感染リスクについての理解がいまだ不十分かつ楽観的なようです。自分は渡米に合わせてワクチンを接種済みだからいいのかも知れませんが……。)

せっかく乏しい生活費から『文春』のために440円捻出したので、ついでに『文春』の迷惑にならない程度にいくらか内容を僕なりに要約して、3点ほど書き添えておきましょう。西浦教授インタビューによると、以下のようなことがあったそうです。
第一に曰く、5月中旬にはまとまっていた「提言」の原型を尾身会長が公表しようとするも、厚労相に代わっていつの間にか感染症対策担当になっていたことでおなじみの西村経済再生担当大臣が公表を差し止め、そのあいだに要人たちによる五輪開催発言が次々に出たことで、いわば「提言」は握り潰されるかたちになった、と。(西村大臣が閣僚の中では比較的専門家寄りだと見られていたことから、『文春』はこれを「裏切り」と評しています。)
また曰く、アドバイザリーボードからいくら助言しても(アドバイザリーボードはその名の通り厚労省に「助言」するための組織で、それ以上の強いことはできないようです)厚労省側が公表するなかには五輪に関する内容が入っていなかった、と。
さらに曰く、五輪開催に向けて作られた「プレイブック」は選手村への酒類持込許可をはじめ、いわば「性善説」に基づいたもので感染症対策としてはかなり「甘い」と。
あとついでにもうひとつ『文春』で得た情報を書き添えておくと、朝ドラ「おかえりモネ」に宮藤官九郎氏のご実家(文房具店)が映り込んだそうです。

……クドカン氏のご実家はともかく、最近になってようやく西浦教授による「試算」が公表され、こちらのほうが『文春』のインタビューより話題を呼びました(管見の限りいちばん詳しく情報を掲載していたバズフィードの記事のリンクを貼っておきます)。やはり「一構成員による内部告発」よりも「専門家によるシミュレーション」のほうがニュースバリューが高いのでしょう。テレビ、新聞、ネットニュースなど各媒体で御存知の方も多いかと思います。そのシミュレーションによると、五輪やデルタ型(インドで猛威をふるった変異ウイルス)の影響を考慮に入れなくても、6/20までで緊急事態宣言を解除した場合、たとえ高齢者へのワクチン接種がかなりの割合まで進んでいたとしても、オリンピック・パラリンピックまっただなかの8月上旬には再び緊急事態宣言を出さなくてはならないレベルの感染拡大が起き、もし素直に「宣言」を出したとしても2〜3ヶ月は続ける必要があるとのことです。しかも高齢者へのワクチン接種が先行して進むとすれば、重症者や犠牲者の大半を占めることになるのは64歳以下の中年〜壮年世代にあたり、社会におよぼす影響も甚大だと。もちろんこれは数理モデルに基づいた「試算」「シミュレーション」に過ぎないわけですが、専門家の見解を軽視するのは危険でしょう。にもかかわらず、この試算の公表がニュースになった際にツイッターを見てみたところ、「西浦教授のシミュレーションだから」と軽くみている人たちが少なくないことがわかり、ちょっと怖くなりました。「8割おじさん」を名乗り、ツイッターで積極的な情報発信につとめる一方、下記のバズフィード記事にもあるように応援コメントをくれたタレントの指原莉乃に「いつか会いたい」と茶目っ気をみせたり、もう消されてしまったものの北大在任時の学生記者によるインタビュー記事では、フルマラソンの「メディカルサポートランナー(もしもの事態に備えて伴走する医師のこと)」をつとめたり、スガシカオのファンであることを公言するなど、専門とする数理モデルの難解さに反して親しみやすいキャラクターは、情報発信にあたってプラスの面も多かったものの、同時にその発言を軽んじられる原因にもなってしまったようです。(ちなみに付け加えておくと、北大の学生記者からインタビューを受けた当時の西浦教授は現在よりもかなり痩せておられ、「ストレスがたまると食べる」という夫人の発言のとおり、やはり感染症対策が大きなストレスになっているものと推察されます。)
さらにいえば、西浦教授が「第1波」到来にあたり、ヨーロッパでの流行から推測して「接触8割削減」を強く主張、甚大な被害が出かねないという予測も公表し、自ら「8割おじさん」を名乗りまでして情報の周知徹底につとめたものの(これについても昨年4月当時のバズフィードによるインタビュー記事を貼っておきます)、実際の日本での被害がヨーロッパのそれに比べればまだ軽いほうだったのは確かです。しかしその原因は、京大・山中伸弥教授が「ファクターX」と呼んだようにいまだ不明。数理モデルで試算を出す理論疫学者に対して、原因不明の要素まで計算に入れろというほうが無理な相談でしょう。しかしこのときの印象がよほど強かったのか(「首を刈ってやる」という脅迫状まで送り付けられたそうです)その後の予測に関しても、どうも「西浦教授の予測は被害を過大評価しすぎる」というイメージが一部の人びとのなかで定着してしまったようです。この第一次緊急事態宣言に関しては、京大教授で元内閣参与の藤井聡氏をはじめ、新潟県前知事で医師資格ももつ米山隆一氏や、自称「国際政治学者」で今回のパンデミックを比較的軽視する立場の三浦瑠麗氏、なにをやってるのかよくわからない「実業家」の堀江貴文氏ら(僕の嫌いな人ばっかりだ……)が「経済に打撃を与えただけで無意味だった」と尾身茂・西浦博両氏に非難を浴びせ、これに岩田健太郎医師が反論しなくてはならない事態にまで陥りました。(ちなみに西浦教授は『週刊文春』を通じて4月段階で既に「オリンピック1年延期」案を主張してもいますが、これもほとんど黙殺されました。)
こうした「西浦予測」「西浦試算」を軽視する風潮が蔓延してしまうのは、あまり良いことではないように思います。こうした非常時ですから、常に最悪の事態を想定して意思決定するのは、むしろ当たり前のことでしょう。感染症対策のために講じた施策でさまざまな事業者に損失が出るとしたら、対策やそのもとになるデータを提出した専門家を責めるよりも、まずは政府に充分な補償を求めるべきでしょう。どうも勘違いしている方が多いようですが、最終的に政策を決定しているのは専門家ではなく政府であり、その決定の責任を負うのもまた専門家ではなく政治家です。確かに分科会とアドバイザリーボードに分かれる以前の「専門家会議」のころから専門家の方々が、有志によるSNSでの発信など積極的に情報の普及につとめ、いわば「前のめりになりすぎた」ためにそのような誤解を生じさせてしまったのも事実でしょう。しかしそれでも僕は、政府から充分な情報発信がなされていないと思われる場合、専門家が先頭に立って警鐘を鳴らすのはその「義務」に近いことだと思います。
五輪中止がもはや絶望的だとしても、また、たとえ専門家による「提言」や「試算」がアリバイ作りに過ぎないのだとしても、科学者たちが最大限できることをして、主張すべきことは主張したことについては、記憶にとどめるとともに、然るべき組織できちんと記録に残しておいてほしいものです。専門家たちの提言は、『海を撃つ』の著者・安東量子さんがチェルノブイリや自身の経験した福島の原発事故に絡めてツイートしておられた()ように、単なるアリバイ作りや「パフォーマンス」という以上に、後世に残すための大事な遺産となるはずなのですから。


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