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研究関連のノート

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2019年1月の記事一覧

フラグメント001

エクスタシスはabsence du moiであるが、それを語るに際して非人称の話法に訴えず、むしろ『無神学大全』期のバタイユは一人称単数代名詞の主語を多用していることからmais il y reste encore le jeということが言える。私=自我(moi)が名詞であるのに対して、jeのほうの「私」は空虚な指示詞である(バンヴェニストの代名詞論)。非人称によってmoiの不在を語ることは、とも

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フラグメント002

アフォリスム風に求道者であることと怠惰であることとは、たぶん両立する。自分では怠惰のゆえに退けているとばかり思っていた様々のことが、はたから見れば求道のために不要なものを切りつめていく態度でないとはいえない。苦行のなかに身を置いてじっと耐える求道者は、一日じゅう寝床を出ない無精者にも見えるだろう。

ジャン・ルーシュを読んで観測者(observateur)ないし観客(spectateur)であるこ

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初めてマラルメを読んだ頃

自己は確実な将=来たる〈死〉のための唯一の場所として在るがゆえに、〈わたし〉という将=来を蔵した個人的【ペルソネル】な存在となる。虚構【フィクション】とは恐らく将=来しないものの謂だ。そしてあらゆる方法【メトード】は論理や物語や韻律を追うために利用される、言語による虚構【フィクション】である。

方法【メトード】は全て個人的【ペルソネル】なもの(たとえば、デカルト)に始まり、それを突き詰める(たと

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