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御前レファレンス。(10-1)

第壱回『雲云なす意図。』

♯10-1:魔法陣あるある。


     †

「――はぁい、ではっ。不可思議なレファレンスをはじめさせていただきますっ。担当のミサキです。よろしくお願いしまーすっ」

 元気よくいってみましょう。

「なんかはじまったぁ」

 急な僕のテンションの可変っぷりに少々驚きを見せたが、すぐに平埜ひらのさんは僕のテンションにツラれた。
 たのしそうに拍手をしてくる。

「そう、だね……」

 平埜さんと反対に、㐂嵜きさきさんはグッと身構え表情を険しくした。

 ふたりの感情に違いはあれど、僕はこのままハイテンションで押し進めさせてもらおうと思う。

 客観俯瞰したらこのノリをやってらんないよ!

「ここからは、こちらの方にもお手伝いしてもらっちゃいましょうっ。どうぞ!」

「はいどもー、助手のワトスンでっす!」

 僕のとなりのヒバナが笑顔を弾けさせた。
 手に持った白杖をブン回しする。

 いきなりのハイテンション、申し訳なく思う。

 この僕らのはっちゃけたハイテンションなキャラは、ヒバナ発案である。

 こんな案など僕からは言い出さない。
 僕のなかにこんなかるいキャラクターは存在してないんだもの

 ヒバナだって、しゃべられければクールビューティーなミステリアスなひとなのに。

 弾ける雰囲気のない僕らがいきなり弾け飛んだことで、㐂嵜さんと平埜さんの感情に積極的に干渉し、介入していく作戦だった。

 他人の感情や雰囲気に、ふたりの感情が左右されるのなら、

「揺さぶっていこう」
「雰囲気盛り上げていこうゼ」

 ってことらしい。
 盛り上げて盛り上げて、そのあとに――

 しかしこれをやる僕のテンション……。
 ずっと浮き足立って仕方なかった。
 どこまでもつのだろうか、僕の精神力。
 たのむ!
 もってくれ、僕の精神MPよ!!

「では、ご案内いたしちゃいましょう! みなさんの目の前にある、アレなんだか分かりますかー?」
「キャンドルのイルミネーション?」

 僕の問いかけに平埜さんが答える。

「近いですが、残念! あれは――《魔法陣》でっす!」

 イルミネーションに近い魔法陣っていったいどんなだ。
 あ、この魔法陣のことか?

 自分で自分に心でツッコミを入れる。
 いやしかし、俯瞰も客観も危険だ。
 もはや僕は台本上の役割を演じてるにすぎないのだと自分に再度言い聞かす。

 俯瞰じゃなく、
 客観じゃなく、
 達観しろ……!

「魔法陣って知っていますか?」

 僕はふたりに訊ねる。

「あー。魔法使いが使うヤツです?」

 平埜さんが答えた。
 㐂嵜さんの唇は緊張からか固く結ばれたままだった。

「そうですそうです。魔法を使ったり、魔物を召喚するときに用いられます。詳しくはこちらの本『まんがで読む魔法の世界 ~ほんとはたのしいエンチャント学~』の第二巻に掲載されてます。もちろん図書館に蔵書がありますので、ぜひご利用ください」

 しゃべっているときにヒバナがそっと参考本を手渡してきた。
 参考本をふたりに向け、パラパラとページをめくったりっと自分でも実にそれっぽく台本を演じている。

 つもりだったが。
 ヒバナが僕の演技に必死で笑いをこらえてるのが、ビシビシ伝わってくる。

「ふふふ、さすが図書館のひとですね。宣伝ですか?」

 平埜さんが笑いを浮かべる。

「はいっ、失礼いたしましたっ。ではでは、おふたり、こちらへどうぞ」

 僕はヒバナに本を返し、魔法陣の白線の内側に歩いていく。

 平埜さんと㐂嵜さんは、顔を見合わせ、それから僕のあとにつづく。

 ヒバナは一旦、白線の外で待つ。

 白線の内側に足を踏み入れると、キャンドルの火がもうもうと揺れて、アロマ入り乱れる匂いが立ちのぼった。
 割れる海のように、湿度と重たい空気がゆっくりと流されていく。

「足もと、ぬかるんでるところや、キャンドルの火にも気をつけてください」

 注意喚起しつつ、ふたりを白線の内側――魔法陣のなかへ。

 ふたりが僕作のイビツな魔法陣に入ってくるのを眺めながら、ふと、

 キャンドルがこれだけあるとたいへん幻想的で美しくすらあるが、シンプルに「熱いな……」とべつのことが頭に浮かんできた。

 ただでさえ雨上がりのこんな熱帯夜に。

 よくよく考えたら、どうせ百均で同じ値段ならLEDのキャンドル風ライトでもよかったのでは……?
 いやいや。
 いやいや。

「あ、そこでいったんストップで!」

 俯瞰も客観もいけません!
 考えるのをやめて、ふたりに向かって両手のひらを前に広げた。

 魔法陣の直径は約二十メートルなので、その半分の十メートルほど歩いたところだった。

 ふたりを魔法陣の中心よりすこし前で止めた。

「ではまず、おふたりにはそれぞれ立ち位置についてもらいます」

 そう説明すると、㐂嵜さんは硬い表情のままだったが、

「べつべつ?」

 つぶやいて平埜さんが瞬間的に目を見開いた。

「㐂嵜さんはあちらへ」

 僕は先に㐂嵜さんを魔法陣のなかの『所定の位置』まで案内する。
 ふたりの進行方向から見て、右側だ。

「――安心してくださいって言われても、むずかしいですよね」

 魔法陣のちょうど右端まで㐂嵜さんを連れてきて、僕は小声で言った。
 㐂嵜さんは平埜さんから離れると途端、表情に不安の色がおおきくなり隠せなくなっていた。

「それは……、まあ、」
「信頼してほしいとは言いません。でも、なにがあっても最後までお付き合いしますし、全力でサポートします。それだけは約束しますから」

 僕はちいさく頭を下げた。
 平埜さんから見たとき不自然にならないようにと、会釈程度に見るよう。

 小走りに、平埜さんのところへ向かう。

「では、平埜さんはこちらへ!」

 㐂嵜さんとは逆の位置、中心から左側へ平埜さんを連れていく。

「こういうのはじめてなんで、ワクワクするっていうか、ドキドキするっていうか。沙香ちゃんのうちに泊まるのって前にもあったんですけど。こんなふうに夜中に出歩くのはなくて。新鮮な気分。なんかこんな雰囲気もすごい場所だから。自分が自分じゃないみたいな感覚、分かります」

 歩いていると㐂嵜さんが喋りかけてきた。
 忙しがないというか取りとめのない、ひとりごとみたいに。

 㐂嵜さんと離れてすぐ、落ち着きをなくした。

 元は人見知りで引っこみ思案のひとだけど、それは感じさせず。
 ただ、無言の時間を嫌ったふうに感じた。

 しくも『自分が自分じゃない』なんて口にしたから、自分に起こっている〝糸〟の影響について話しているのかと思った。

 きっと平埜さんも自分のなかの急激な変化に無意識に気づいているのかもしれない。

 この二時間かけた、できそこないの《魔法陣》が繰り出す雰囲気も彼女の心情に多少、影響しているのだろうか。

 それだといいんだけど。

「あの、」
「はい?」
「おふたりって、どういう関係?」

 平埜さんを『位置』に導いたころあいで、彼女が僕に訊ねてきた。

「㐂嵜さんですか? ええっと、カフェのお客さんで、」
「違う違う、沙香ちゃんじゃなくて。あっちの、ワトスンさん」

 言いつつ平埜さんが、軽く振り返る。

「ワトスンって、あー、ヒバナのことですか?」
「そうそう。ヒバナさん。ふたりはどういう? 付き合ってるとか?」

 どうしてそんなことを訊くのだろうか。
 と思わなくもないが、たぶん、平埜さん自身もたいして訊きたいと思っていない。

 いまの彼女は「こういうときはそういう質問をすればいい」という固定概念みたいなモノを参考に、シミュレーションを実行してるだけなのだ。

 興味があるフリをしている。
 コミュニケーションとはそういうものだというインプットをアウトプットしているにすぎない。

 ゼミ生たちとオートマチックにその場の雰囲気に合わせて、自分を見せてたように。

「ヒバナと僕は、ともだちというか、仲間というか、うーん。戦友?」

 僕もテキトーに答えておけばいいものを何故かマジに答えてしまう。
 そして自分で言って「僕はヒバナのことをそう思っていたのか」と納得してしまった。

「せんゆうって? 戦うに友人って書く? 占有じゃなく?」
「専有でもなく。そうですね、こういう不可思議なことに関わる者同士っていう意味で」

 言い訳みたいに僕は付け加える。
 誰になにを弁明する必要もないのに。

「へー。いいですね、そういうのって」

 平埜さんが言う。
 ちょっと棒読みで。

「平埜さんだって、㐂嵜さんみたいな親友がいるじゃないですか」

 僕は返した。
 棒読みにならないよう」

「そうなんです。沙香ちゃんは私にはもったいないくらいで。やさしくて、いつも引っ張ってくれて。私優柔不断で、決断力もないから、ランチとかもいつも沙香ちゃんに決めてもらったりするんです」

 オートマチックに吐き出される科白セリフだった。
 でも、これは彼女の気持ちなのだろうと僕は受け止めた。

 これは悪い兆候ではない。
 レファレンスに前向きな希望が見えてくる。
 とはいってもまだ導入にすぎなず、逸りも焦りも禁物。

「足もとを見てください。ちいさな円がありますよね?」

 つとめて明るくにこやかに、僕は平埜さんに言う。

「ここ?」

 言われるがまま平埜さんは、フラフープより一回りくらいちいさい白線の円のなかに、おとなしく収まった。

「ありがとうございます。この円からは出ないようにお気をつけください。もし仮に出てしまうようなことがあれば……おっと、これ以上は!」

 客観したら自分の姿に、苦悶するだろう。
 僕はめいっぱいテンションのギアを上げて、テーマパークのひと役を演じ切ろうとする。

「はははっ。はいはい。出ません出ません」

 平埜さんは僕のテンションにつられてにこやかに返す。

 だけど。

 㐂嵜さんと距離ができてからというもの、どんどんと平埜さんの瞳が虚構を見るような空洞になっていくのを僕は感じていた。

 でも、まだまだここからなんだ。

「では! まもなく、はじまります――!」

 僕は平埜さんにもちいさく頭を下げ、振り向くと一目散に駆け出した。

 ヒバナが待っている魔法陣の外に出ていく。

「ヒバナ、位置に着いた」

 軽く息を切らせながら、ヒバナに駆け寄る。

「ご苦労さま。つぎはあたしの番かな」
「よろしくお願いします」
「でも、まだ気を抜いちゃダメだよ。ミサキ」
「あ、うん」
「自分の番が終わったと思って、テンション下げる気だったでしょ」
「……はい」
「まだダーメ。うひっひっひっひっひ!」

 赤ちゃんみたいに顔をくしゃくしゃに笑うヒバナは、僕のほうに手を伸ばした。

 僕は、いつものよう腕を伸ばした。
 ヒバナが僕の左腕の肘あたりをつかむ。

「さあ行こうぜ。ミサキ!」

「うん、よろしく」

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