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御前レファレンス。(16-1)

第壱回『雲云なす意図。』

♯16-1:蛛、結う糸。


     †

「――っうっしゃああ~~~~~~~~~っ!!」

 巨大モニターの画面いっぱいに、雄叫ぶヒバナの姿が映し出される。
 巨大すぎる蜘蛛に対し、花車きゃしゃ体躯たいくで挑むヒバナの勇姿すがた

 たいへんかっこのよろしい映像だが、これは一体どういうことなのか。

「肩の上にいたヒヴァナがいつのまにか消えて、モニターのなかのヒバナになった……?」

 いや、そもそもの話。
 ヒヴァナはヒバナである。

「てことは、この映像、インナーワールドにダイブする前の記憶ってこと……? で、誰の記憶?」

 ヒヴァナがいなくなった。
 ヒントもない。
 ナビゲーションもない。
 思い出せ、僕。

「ヒバナが引っぱり出してきて、〝蠧魚シミ〟の正体が巨大な蜘蛛だと分かった。でも、そのときはもう㐂嵜きさきさんも平埜ひらのさんも意識がないか、薄れてた」

 だったら、この映像のもとになっているのは、誰の記憶なんだ。

 あの場にいたのは、㐂嵜さん、平埜さん、ヒバナ、そして、僕だ。

 映像には、蜘蛛とバチボコりあうヒバナが登場してる。
 なので、ヒバナを見ている誰かの視点。

 ってことは、だ。

 消去法で、

「僕の……記憶!?」

 なんで、僕の記憶が|モニターに映像として流れてるの!?

「此処は㐂嵜さんと平埜さんの記憶とかを〝糸〟とヒバナの能力チカラで再構成したインナーワールドなのに。なんで、そこに僕の記憶が混じるなんて――」

 よく考えろ僕。

 そうじゃないかも。

「僕がこのインナーワールドに侵食されてるとしたら? 異物ウィルスとして排除されるんじゃなく、取りこまれかけてるんだとしたら」

 ヒヴァナが消えたのは、そのせい?

「でも、それが分かったからって、どうすれば」

『――ふたりをつなげるの、ミサキ!』

「うん。そうだよね、やっぱそれしか、え……――ヘッッ!? しゃべった!?」

 巨大モニターの横と教室の複数箇所に取りつけられたスピーカーからヒバナの声が返ってきた。

 しかも、僕の疑問に答えるタイミングで!

「ヒヴァナじゃなくて、ヒバナ? どっち!?」

 僕は座席から立ち上がって、モニター越しに蜘蛛とりあってるヒバナに向けて叫んだ。

『んなの、あたしに決まってるし!』
「そっか、両方ヒバナだもんね」
『なんの話かよく分かんないけど、たぶんそう!』
「もしかして、これリアルタイムで進行中的な!?」
『もしかしなくて、リアルタイム!」

 インナーワールドの僕と言葉のキャチボールをしながら――現実のヒバナは、三日月蹴りで巨大な蜘蛛の鋭く尖った脚の一撃をいなす。

「なんで、現実と時間の流れがつながってるの?」
『そりゃあ、アレでしょ』
「アレ?」
『あたしとミサキの心がいつでもつながってるから、でしょ!』

 ほんの一瞬。
 真面目に受け止めそうになってしまった。

「こんなときにぃ、ヒバナぁ~~……」

 なさけない声が出て、ガクッと首が折れた。

 ヒバナがそう思って、そう言ってくれるのはたいへんにありがたい。

『ミサキがインナーワールドに侵食されてるのと、依頼主かトモダチのどっちかが目覚めはじめてるのかも』
「目覚めるとなんか都合悪い?」

 イヤな予感がしまくってる。

『ミサキがそっちから抜け出す前に目覚めると、帰れなくなる』
「……やっぱし、そういうのかぁ……」

 僕がインナーワールドにすでに取りこまれかけてるのも、㐂嵜さんか平埜さんが目覚めが近いせいもあるんだろう。

『どっちにしても、時間ないよ! しゃあこらー!』

 ヒバナが巨大な蜘蛛が振りかぶる脚の内側に入り、

『――昇竜拳!!』

 雄叫び、薄紫色の粒子を帯びた左拳を叩きこんだ。

 重量を無視したみたく、巨大な蜘蛛が軽々仰向けにひっくり返る。

 ヒバナが巨大な蜘蛛を相手に、余裕で圧倒してるのだ。

 それにともなって、

「なんか蜘蛛がボロくなってない?」

 僕がインナーワールドにダイブする直前に見た蜘蛛よりもずいぶんとみすぼらしい姿になっている。

 イコール。
 時間の経過を意味する。

「ヒバナ、どれくらい経った?」
『ざっくり一分強』
「じゃあ、あと一分あるかないか……」

 既出のとおり、
 ヒバナが能力を全開で解放できるリミットがある。
 きょうは小出しにしつつ、僕がダイブしたところであと二分くらいだった。

 インナーワールドでは時間の流れが違っていたが、どうやら現実とシンクロしてしまった。

 この瞬間も一秒また一秒と、時計は進む。

『こっちはいつでも終わらせられる。ミサキ待ち!』
「僕待ち!? ご、ごめん」
『あやまるヒマがあったら、行動する! って、リンちゃんが言ってた!』

 リンちゃんは、ヒバナの叔母おばさんのこと。

 ――言葉はもちろん、態度と行動で示す。

 僕も図書館の教育係のおばさんに言われた。

 でも、どうする。

 どうすればいい。

「ふたりの記憶を見てきたけど、まだなにも見つけらてない。どうしたらいい」

 僕は早口でつぶやいた。

 もう肩の上にヒヴァナはいない。

『じゃあ、ミサキが視た心象風景なか暗示ヒントがあるはず』

 ヒヴァナの代わりに現実のヒバナが言った。

 カノジョは現実で心に巣喰う青春の幻ではない。

「思い出せ、僕っ! でも、記憶の世界で記憶をさかのぼるっておかしな話だけど、って! それはいいじゃない」

 ひとりでぶつくさ言って、ひとりでツッコんだ。

「えーっと、ふたりは、実は〝糸〟でずっとつながってて。それから、ふたりは、なんかあやまってた。ずっとあやまって、」

 すれ違っていた。

 心はずっとつながってるはずなのに。

 心がすれ違ってた。

「つながってるって、ほんとは分かってるはずのに。ふたりともお互い想ってるのに。――そうだ、ふたりとも直接、言ってない……?」

 想いは、言葉にしないほうが美しい。

 そういうこともあるかもしれない。

 でも、伝わらないから、もどかしいから、人間は言葉を作ったのではないか。

 たいせつな想いを気持ちを感情をちゃんと伝えるために。

「言葉はたいせつ。口に出さなきゃ伝わらないことがたくさんある。言葉にする。態度に出す。ぜんぶひっくるめて行動する」

 僕はひとりごとのようにつぶやいた。

 でも、ひとりじゃない。

『――そのとおり!』

 ヒバナの声が現実に、そして、インナーワールドに鳴り響き、空間をひずませる。
 僕にはヒバナがいっしょだった。

「ふたりの言葉を知ってる。想いも知ってる。だから、僕がやらなくちゃ」

 インナーワールドの記憶の世界。
 僕は、再現された大教室の席を立つ。

 大教室のまんなかの席にいる――㐂嵜さんのもとへと。

 だけど、

 僕の動きを察知したのか、㐂嵜さんの周囲にさらなる変化が起こった。

 㐂嵜さんの周りだけに誰もいなくて、さらに薄暗くなっていたが、

「こんなところに〝糸〟!?」

 大教室のなかに〝糸〟が出現した。

 たった一本の〝糸〟だったが、㐂嵜さんの周囲をぐるぐると取り囲みぐるぐる巻きにしてしまう。

「ちょ、ちょっと㐂嵜さん!」

 近づいて呼びかけるが、しかし、あっというまに㐂嵜さんは〝糸〟でできた卵のような球体につつまれてしまう。

「蚕の繭みたいにも見えるけど、」

 たしかに蚕も糸を吐いて繭を作る。

 しかし、〝蠧魚〟が具現化したのは蜘蛛だ。

「繭はみずからを保護するモノだけど、これは蜘蛛が網にかかった獲物をぐるぐる巻きにしてしまうやつ」

 頭に浮かんだ言葉を吐き出す。
 止まるな。
 考えるのをやめちゃダメだ。

 思考停止すれば、インナーワールドに飲みこまれるような気がしていた。

「自分自身を獲物に? まさか巨大な蜘蛛に自分自身を喰わせるつもりなんじゃ。だとしたら、あの蜘蛛は最初からそのつもりで……」

 僕は大教室のまんなかにできあがった㐂嵜さんをつつむ繭の前に立った。

 その間もモニターにはヒバナと蜘蛛の取っ組み合いの映像が流れていて、記憶のなかの講義はつづいてる。

 日常と非日常が混在するバカバカしい画面えづら

 現実では非日常の状況が起こっている。

 非日常インナーワールドでは、日常がつづく。
 誰も関心をしめさず、日常を生きている。

「これは記憶の再生にすぎないからどうしようもないんだけど」

 でも、現実でも、身近な日常には誰もが感心が薄くて、そのくせネットのなかで起こった他人事には自分のことのように関心を示す。

「あべこべなんだよ、みんな……!」

 僕はぼやきながら、ぐるぐる巻きの蜘蛛の糸に手を伸ばした。
 おそるおそる触れてみる。

「なんにも起こらない……?」

 なにかしらの反発や〝糸〟のように干渉があるかと思ったが。

 そういえば、
 蜘蛛の巣を構成する糸と獲物を捕らえるときの糸は違う性質のモノだという。

「このぐるぐる巻きの糸、平埜さんにつながってた〝ヤツ〟みたいに感情に影響したり、干渉はしないのか。自分を守るための繭じゃなく、自分を捕らえるための糸だから――」

 だった、そんなモノ。

「㐂嵜さん! こんなじゃダメなんだ。ほんのすこしすれ違っただけなのに。平埜さんだっておんなじ想いなのに!」

 呼びかけたとて、インナーワールドには本来いるはずの僕の言葉も声も届くはずがない。

『――もういいの』

 ぐるぐる巻きの糸のなかから、㐂嵜さんの声が聞こえてきた。

「僕の声が聞こえてる? 㐂嵜さん!」

 インナーワールドで心の声が聴こえるのは、さっきもあった。
 でも、いまのは僕の声に反応したような。

『もういいから、ほうっておいてほしい』

 やっぱり、㐂嵜さんが僕に言ってる。
 哀しみとあきらめの感情が伝わってくる。

 ただ伝わってくるのではない、まるで自分の心の痛みのように感じるのだ。

 それは僕がインナーワールドに取りこまれつつあるからなのかも。

 なら、それを利用するしか……!

 哀しみも痛みもあきらめもぜんぶ、分かる。

 しかしその感情を自分の内側で閉じこめていても、〝蠧魚〟に喰われるだけ。
 そして、その感情を利用されるだけだ。

 Don’t Feel, Think!
 ――感じるんじゃない考えろ。

 Don’t Think, Feel!
 ――考えるんじゃない感じろ。

 何故か、頭のなかでヒバナの声が聴こえた。
 ヒヴァナの声かもしれないが。

「どうする? ただ、心を閉じてるんじゃないぞ。感情を〝蠧魚〟に利用されてるんだ。このぐるぐる巻きの糸だって、㐂嵜さんの感情を培養するためじゃないか!」

 インナーワールドに同化しかけてるせいで、その〝意図〟に気づいた。

「だとしたら、このインナーワールドのどっかで平埜さんもおなじようにぐるぐる巻きになってるかも!?」

 さらにいそがないと!

 しょうがない。

 こうなったら。

「時間ないし! 僕がごちゃごちゃ言ってもたぶん意味ないし!」

 逆ギレみたく聞こえるかもしれませんが、

 そうです。

「ごめんください!」

 ごめんなさい。と言おうとして、あせって間違った。
 でも意味は伝わると思う。

「失礼します」という意味で。

 僕は、ぐるぐる巻きの糸のなかに手を突っこんだ。
 ヒバナじゃないけどブン殴るくらいのイキオイで。

 腕の一本折れるくらいの覚悟だった。
 いまの僕は意識や精神だけの擬似体アバターだから、心の一部が削れるようなことになるかもしれないんだけど。

 もやはあと先など考えず。

「そうなったらそうなったときに考えればいい!」

 ヒバナみたいなことを口走る。

 ――ズボッ!

 と思いのほか、簡単に手がぐるぐる巻きの糸のなかへと沈んでいった。

 手を入れたというか、手が巻糸と同化してくような気持ちの悪い感覚に背筋が凍る。

 さらに押しこむ。
 腕だけじゃなく、身体も巻糸に飲みこまれていく。

「それでもぉぉぉ~~!」

 もう、自分から頭ごと突っこんでいく!

 自分の意識が薄れていく。
 べつのなにかに引っ張られていく。

『――あとすこし! がんばれ、ミサキ!』

 また、ヒバナの声がした。

「よし!」

 僕の指尖ゆびさきが、㐂嵜さんに触れた。

 離さないようにつかむ。

 腕か足か身体の何処か分からないけど。
 失礼はあとでちゃんとあやまる。

「想いがあるなら、ちゃんと言葉でつたえろぉぉ!」

 思いきり、こっちへ引っ張った。

『彼女』のところへ連れていくために。

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