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御前レファレンス。(13-3)

第壱回『雲云なす意図。』

♯13-3:足き伝導。3


     †

「じゃあ、あらためて――」
「はい」
「そっちは任せる」
「うん」

 あらためてヒバナが僕に『そっち』を任命した。

「任せられた……!」

 でも、いったい僕はなにをすれば?

 僕がいい返事をしたわりに、きょとんと間の抜けた顔してたからでしょうか。

 ヒバナはやれやれと苦笑する。

「だから〝コレ〟を使うんだって」

 言ってヒバナが、シールドの展開を止めた。
 こっちに振り返りつつ、なにか手でもぞもぞとやっている。

「ヒバナ?」

 シールドを解除してるときに蜘蛛が爆弾を飛ばしてこないか不安だったが、それ以上に、

 ぶちぶちぶちぶちぅ。

 耳障りが悪すぎる音がした。

 ヒバナは〝糸〟を引きちぎっていた。

 それを飴細工みたいに伸ばしたり重ねたりして、

「はい。コレ、使って。はぁと」

 聴診器みたいにした黒光する〝糸〟を渡してきた。

「んにぃ、なばんばなの!」

 びっくりしすぎて噛んだ。

「聴診器みたいにした黒光〝糸〟で、僕になにをしろというんだ!?」

 僕の頭のなかの声が直接鳴る。
 まだヒバナと僕も〝糸〟でつながれていた。

「だから、おっきな声出さないで」

 むっとした顔でヒバナは言った。
 でもすぐに僕に背を向ける。

「しゃー!」

 そして、飛んできた糸塊爆弾を跳ね返す。

 そう。
 爆発させずにボールを打ち返すみたいに、爆弾を巨大な蜘蛛に向けて跳ね返したんだ。

 跳ね返った爆弾は、蜘蛛のもとに戻って、

 爆発した。

 予想外だったのか自分で吐き出した糸塊爆弾の反撃を受けて、失神KOされたみたく地面に這いつくばった。

「よし、いまのうち」
「ヒバナ、あんなのできるんだったら最初からやって」
「できるかな、っていま思ってやってみたら、できた」
「ああそうなんだ、すごい天才じゃん」

 不毛な会話だった。

「それよか、」
「それより、」

 ヒバナと僕がおなじタイミングでしゃべり出してカブった。

「さっすがミサキ。気が合うね」
「ありがと。じゃなく。それより、コレでなにをどうすればいいの?」

 僕は渡された黒光〝糸〟聴診器を目の前に持ち上げる。

「この〝糸〟、人間ひとの意志や思考とかに干渉するでしょ?」
「みたい、だね」
「それを逆に利用して、ふたりの心のなかに――入る」

 ヒバナが言った。

 僕はぎょっとした。

 そんなこと――

「で、でも、〝糸〟のせいで、ふたりはこんな目にあってしまったのに……。それを使ってふたりの意識に入るなんて……やっていいことなの……?」
「ほんと真面目で素直だよね、ミサキは」

 とヒバナはちいさく笑った。
 とてもやさしい表情で。

「ま、ミサキのそういうトコ嫌いじゃないよ。いやいや、むしろ好きかな」
「な、なにを言って!?」
「こんなのいつも想ってるよ。信用してる。信頼してる。いつだって言葉にも出してるでしょ」

 そういえば、ヒバナはこんな〝糸〟につながれてなくても心の声がダダ漏れなひと――じゃなくて、正直すぎるひとだ。
 冗談も多くて、ちょっとどう受け取っていいやら分からないこともあるけどさ。

「ミサキならできる。ううん、ミサキだからできるんだよ」

 ヒバナがまっすぐに僕を見て、そう言ってくれた。

 こんな異様な状況じゃなかったら、僕はたぶん、泣いちゃってたな。

「うん、やってみる!」

 僕は決心した。

 こうすることが最善の方法かは、分からない。

 自分なんて無能で無用で無意味な存在だとかつて何度も思っていた。
 いまでもちょっと思ってる。

 だけど、ヒバナが言ってくれた。
 
 僕だからできる。

 僕だからできることがあるのなら、

「ヒバナが信じてくれる僕なら、僕も信じてみるよ」

「そうこなくっちゃ」

 すると、ヒバナは、僕のつながった自分の腹部にっついてる黒光した〝糸〟を手につかんだ。

「こっちの〝糸〟にあたしのチカラをこめてあるから、先に渡したほうと合体させて」

 たしかによくみると黒光しつつも、うっすらヒバナの紫色の光を帯びているようだ。

「合体って?」
「合体はロマン」
「うん。じゃなく」
「はいはい。もうそろそろ、蜘蛛あっちが起きてきそうだから、手短に」
「うん」
「二股になってるほう、さきっぽをミサキのこめかみにっつけて、」
「こ、こう?」
「そう。つぎに反対側の尖端をふたりのどっちかにっつけ、」
「うん、じゃ、じゃあ、すみません。㐂嵜きさきさんから」

 他意はない。
 ただ、相談してきてくれたひとだからという。

「そしたら、ミサキとつながってる〝糸〟をあたしから外して、渡したほうと合体させる」
「くっつければいいの?」
「どこでもとりあえず勝手にくっつくはず。元は一本の〝糸〟だし」
「で?」
「最後に、おトモダチのほうにっつける。そして、あとは意識を集中」
「それで?」
「あとは、いつもみたく行き当たりばったりの出たとこ勝負よ」

 ヒバナはひどく簡単に言った。

 僕はあまり勝負なんかしてなくて、ほぼヒバナがやってることだけど。

「分かった!」

 時間がないので、僕はうなずく。
 決心は固まってるのだ。

「あたしのほう、〝糸〟を抜いたらこの会話できなるからね」
「あ、そっか……っ」
「じゃあ、抜くよ」
「……お、お願いします」
「なにかしこまっ……――」

 プツリと聞こえた気がして、ヒバナの声が聴こえなくなった。

 キーン……、と遠くで耳鳴りだけがしてる。

 ヒバナが自分から抜いた〝糸〟を無言で僕に渡してきた。

 実際は唇が動いていたけど、聴こえないだけだ。

 読唇術があるワケじゃないけど、たぶん。

 ヒバナはこんな感じで言ってたんじゃないか。

「――ほいじゃ、ま、あたしは、あっちを」

 そして、ニパーッと笑った。

「――ヒバナ!」

 僕は自分の声がちゃんと発声されたのかすら、あまり聴こえなかった。
 だからか、僕の声には振り返らず、カノジョは地面を蹴った。

 全身から淡い薄紫色の微粒子をほとばしらせ、ヒバナは宙に舞い上がる。

 自分の放った爆弾で反撃され、ノックアウトしてた巨大な蜘蛛が立ち上がろうとしている。

 その姿は生まれたての子鹿のようによたよたと、しかし確実に敵意をヒバナに向けていた。

 巨大な蜘蛛との距離は、数メートル以上あった。
 しかし先に動いたヒバナは一瞬にして、距離を詰めていた。

〝糸〟の塊を吐き出す態勢に入った蜘蛛の頭上に躍り出る。
 さっきまでとは逆の構図。

「よっこらしょーぃ!」

 たぶん、いつもみたく気の抜けたかけ声で、でも超絶強力な一撃を巨大な蜘蛛に見舞った。

 ヒバナは両手を組んで、それをハンマーのように振り下ろす。

「――ギャリックハンマー!!」

 とヒバナが勝手に呼んでる技である。

 薄紫色の閃光が走り、刹那、巨大な蜘蛛の複眼が配置された頭部をハンマーが打ち抜いた。

「すごっ」

 もう心の声も自分の声も聴こえないが、僕はうっかりつぶやいていた。

 ギャリックハンマー、エグい威力である。

 ヒバナ以外には『オルテガハンマー』または『ベジータがよくやるアレ』と通称されている技だそう。
 ギャリックハンマーのギャリックはガーリックつまりニンニクのこと。

 ちなみにプロレスには『ダブルスレッジハンマー』という類似技があるそうだ。

 ヒバナらしい分かるような分からないネーミングセンスだけど、その威力は絶大。

 三メートルほどの巨大な蜘蛛の体躯がへしゃげて地面に突っ伏す。

 さらに追撃を浴びせる。

 着地するやいなや地面を蹴って、また空宙ちゅうへ。
 体操選手のようにひねりを加えて縦に横に回転する。
 一回転二回転三回転四回転五回転六回転……目にも止まらぬ速度で回転する。
 それが渦を巻き起こした。

 その渦に魔法陣内を満たす薄紫色の粒子が吸いこまれていく。
 やがて渦は大きな大きな『スパイラルステージドリル』と化して、

 ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅるるるるる!

 と巨大な蜘蛛の腹のあたりにブチこまれた。

 巨体が回転し、地面に沈みこんでいく。

「なんかコレってアレだ!」

 語彙力がガバガバになるほど、圧倒的にバカバカしい現実の光景だった。

 でも、

 淡い薄紫色の光をまとうヒバナの姿が圧倒的に神々しく、輝かしく、そして、ひどく綺麗だった。

 思わず、見惚みとれてしまう。

 と、ヒバナがドデカい蜘蛛を足蹴にしながら、こっちに向かってなにか言っている。

 まったく聴こえないが、ボディランゲージで僕に伝えてくる。

「はやく、しろ? あ!? はい! そうでした! 見入ってる場合じゃなかったです!!」

 すぐさま、われに返った。

「よし!」

 僕はヒバナから受け取った自分の腹のなかにっついてる〝糸〟に手をかけた。

 ずるずるという感覚がお腹から脳に伝わってくる。
 たぶん〝糸〟が僕の記憶から具現化した感覚の再現だから、なかば擬似的な感覚である。
 だけど、痛みはないがくすぐったくて、むず痒いなんとも気味の悪い感じが長くつづいた。

「キモいとかいまはどうでもいいや!」

 自分から引っこ抜いたそれの尖端せんたんを、ヒバナが作った聴診器もどきに合体させる。

「くっついた!」

 磁石のS極とN極が引き合うように、すんなり〝糸〟と聴診器もどきが合体した。

 と、〝糸〟のほうから、聴診器もどきのほうにも、ヒバナが込めた薄紫色の輝きが伝わっていく。

 僕は計一メートルほどになった〝糸〟を両手でにぎる。

 よく考えてみると、

「空中に浮いてたときは、もっと長くてぶっとかったような?」

 ヒバナが引きちぎったとしたら、残りはどこに?

「いま、考えることじゃない……!」

 頭を振る。
 ひとってどうして最優先にしなきゃいけない物事があるとき、べつのことを考えてしまうのだろう。

 気になるけど、僕は僕がやるべきことを果たそう。

 横たわったふたり――㐂嵜きさきさんと平埜ひらのさんを交互に目をやった。

「ごめんなさい……!」

 手のなかの〝糸〟の尖端を、片方を平埜さんに近づける。

 今度は「待ってました!」とばかりに〝糸〟が平埜さんの首もとに潜りこんでいった。

 戻っていったというふうにも言えるのだろうか。

 ためしに、ぐいっと引っ張ってみる。
 平埜さんの首あたりに抵抗感があった。

 うまくっついたらしい。

「よしっ。……よしじゃない、ほんとごめんなさい」

 意識のないひとになんてことをしてるんだととてつもない自己嫌悪が襲ってきた。

「ふたりの想いをつなげる……!」

 そのための〝糸〟のはずだ。

 この〝糸〟はもともと、平埜さんだけじゃなく、㐂嵜さんにもつながっていた。

 この〝糸〟は〝蠧魚〟が具現化したモノ。
 で、どうやら寄生した人間の感受性とか周囲から受ける影響を増幅する装置にもなっている。
 で、その感情やらをあっち側、蠧魚にとっての安全地帯から喰らっていた。
 と考えられる。

 ヒバナはその性質を利用して、簡易的に僕との意思疎通に使ってみせた。
 手本を見せるみたく。

「さあ、あとは、やってみるだけだ……!」

 誰に言うでもない、自分自身に向けて言った。

「やればできる!」

 僕は、㐂嵜さんと平埜さんをつなげてる〝糸〟を、聴診器もどきを両手でつかんだ。

 黒く発光する〝糸〟がヒバナの薄紫色の光に完全に変わっていく。

 目を閉じる。

 こめかみあたりに意識を集中する。

〝糸〟がつながった部分に痛みはない。
 じわりと温かさを感じる。
 それはきっとヒバナの温もりだ。

 温もりにつつまれた。

 途端、

 目の前が真っ白になった。
 もしかすると真っ暗だったのかもしれない。

 意識がなにかに、何処かに吸いこまれていった。

 そしたら、

 誰かの『声』が聴こえたような気がした。

 記憶が巻き戻る。

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