vol.39 白露「井戸」 9/7〜9/22
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vol.39 白露「井戸」 9/7〜9/22


 自宅の敷地内には古い井戸がある。この辺りの水はその昔、三春城下の名水のひとつに数えられていたそうで、今もその石碑は名残の石碑はあるものの、飲用としては使えなくなっている。現在は水道水へと切り替えられているが、ご近所の方に伺うと数十年前までは一帯は井戸水を使っているご家庭がほとんどだったようだ。
 我が家の井戸は、ポンプが壊れて使われなくなったまま、おそらく何十年も経ってしまったのだろう。井戸を覗きこむと、底の方にはまだ少し水が溜まっているので、枯れ井戸ではないと夫は言う。ポンプさえ取り替えればどうやら井戸水が使えるらしい。夏場の畑や草花の水やり、庭仕事の道具や長靴を洗うのにも重宝するだろう。野菜を収穫したらそこでザッと洗って、きゅうりやトマトを冷やしたり。そんな風に私は想像を膨らませて嬉々とした。井戸水が使えることをハナからあてにしていたので、自宅の改装の際も外水道を引くことはしなかったのだ。
 
 千葉の実家にも井戸があった。私が生まれた頃にはもうすでに井戸はある程度の深さまで埋めてしまって、金魚が泳ぐ大きな水槽になっていたけれど。それでも小学校低学年頃までは、蛇口をひねれば夏でも冷たい井戸水を家庭用水として引いていた。夏の暑い日には外水道にホースをつなぎ、庭に水撒きをするついでに兄とふざけて全身びしょ濡れになって水遊び。お風呂場に置いた大きなたらいに、ちょろちょろと水を流しながらぷかりと浮かぶ大きなスイカが冷やされているのを見つけると、大はしゃぎしたものだ。井戸水の水質云々はどうだったのかは今となってはわからない。子供の頃はそんなことなど意識したことすらない。実家ではお茶もお味噌汁も家の氷もお風呂の水も皆、その井戸水を使っていて、いい思い出の作用かもしれないけれど、どれもやさしかったように思う。
 
 この家での暮らしも2年ほどになるが、井戸は未だにそのままだ。ポンプを新調することよりも、他にも手をかけなければならないことや、日常の雑事に追われている。そうして忙しさにかまけて言い訳をしているうちに月日があっという間に過ぎてしまった。さほど困っていないといえばそうなのだけれど、それでも毎日視界には入っているので、ふとした拍子に「あぁそういえば」となるわけだ。
 井戸を使えるようにすることは着手できずにいるけれど、これだけは早めにしなければと暮らし始めてすぐに急いだのが、この井戸のために置かれた小さな祠のお祓いだった。祠は石ではなく焼き物でできていて、おそらくこの辺りで作られていた丈六焼きと呼ばれるものだろう。お札も何も入ってはいないけれど、ポンプと違って何もしないままで放置しておくのはなんとも気が引ける。さてどうしたら良いものかとご相談したのが、ご縁あって知り合った、お隣り郡山市西田町にある鹿島大神宮の渡辺さん。早速、祠を見て頂き、お祓いをすべく神上式という儀式を執り行う運びとなった。私と夫は渡辺さんの指示の通りに果物や野菜、お頭付きの鯛などのお供えものを用意していざ当日。庭の一角にお膳を置き、お供え物を左右対称に並べ、簡易的なものではあるが儀式の場を設えた。
 神主の装束に身を包んだ渡辺さん。それだけでも場がピーンと清められる。私たちは神妙な面持ちで頭を垂れ、神上げ式の儀式の一員としてそこにいるのだけれど、何せ初めてのことなのでどこか宙に浮いているような、物語の中に迷い込んでしまったような、フワフワとした感覚に包まれていた。神上式とはこれまで祠にいらして見守り続けて下さった神様に、感謝をして天へとお帰りになっていただくもの。全くわからないなりにも祝詞を聞いていると、神様が天へと向かう道標べとなるように唱えられているのだと思えてくる。最後の礼が終わり、なんとはなしに空を見上げると、サーっと静かな天気雨が辺りを湿らせた。ほんの一瞬の出来事。何事もなかったかのように雨はすぐに上がり、再び陽が差した。あの天気雨は井戸を守っていた神様だろうか。それはまるで龍が天に登っていくような様子を思わせ、私たちはただただポカンと空を見上げていた。今思い出しても不思議な体験だったのだけれど、でも理屈でもなんでもなく、なぜか妙に納得している自分がいる。私たちが新たに祠に神様をお迎えする際は、また改めて清祓いをすることになる。その時も清めのひと雨は降るか知らん。
 たとえかたちがなく目に見えないものだとしても、信じられるような、信じたいと思えるようなものがある。それは信仰めいたものではないなどと言ったらバチが当たりそうだけれど。でもたとえばその土地にまつわる昔からの言い伝えとか、何かしら信じられるものがあった方が、たぶんハッピーなんじゃないだろうかなどと思っている。
 家の敷地にもれなくついてきた、荒れ放題で手つかずの藪林。庭仕事に手一杯で、なかなかそちらの整備まで行き届かずにいるけれど、どうやらそこにも祠がふたつもあると聞いて、気ががかりで仕方がない。ポンプの取り替えはもう少し先になりそうだ。


 

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エッセイスト/生活道具を扱う雑貨店「in-kyo」店主。 「三春タイムズ」vol.1〜24が書籍『三春タイムズ』(文・長谷川ちえ 素描・shunshun)となって この春、信陽堂https://shinyodo.netより出版されました。美しい造本装幀はサイトヲヒデユキさん。