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吉右衛門による現代能を観た。

 9月1日まで配信されている『須磨の浦
』は、単に義太夫狂言の『一谷嫩軍記』を一人芝居に建て直したのではない。
 「堀川御所」と「組討」を、熊谷直実に焦点を合わせて再構成しているが、あたかも夢幻能のように、熊谷直実の亡霊がシテとなって能舞台に現れているかのように思われた。

 現代能に見える理由はいくつかある。

 まず、歌舞伎舞台ではなく、観世能楽堂を収録場所に選んだこと。

 第二に、竹本の葵太夫と鳴物の傳左衞門を配して、熊谷直実の相手役としたこと。

 第三に馬を歌舞伎の作り物のやりかたをとらない。ふたりの役者が、馬の骨格をかたどった作り物に入り、吉右衛門がまたがるのではない。ふたりの黒衣のあいだに吉右衛門が立ち、三人で馬をで表現したこと。
 さらに、吉右衛門が、馬の前部を演じる役者の轡からのびる手綱を持って決まる件りは圧巻であった。
 また、自らの子の首をはじめ扇でのちに紫の布で現したりした。具象性の高い歌舞伎演出ではなく、お能の作り物のように、抽象度の高い演出がほどこされたこと。

 熟慮に裏打ちされた演出があって、この映像は、歌舞伎の代替物ではなく、独自の境地へと達している。

 吉右衛門は、この舞台を配信するにあたって、歌舞伎座の大劇場では、容易には観られない映像としている。

 吉右衛門の直実は紋付き袴、化粧はなく、舞踊の素踊りに近い拵えだが、身体全体が持つ力感を捉えると同時に、顔だけを抜いたクローズアップを多用している。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。