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さようなら勘九郎。十八代目中村勘三郎襲名前夜。(上)

『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』(2016年文春文庫)には、幻の章があります。紙幅の関係で、初校ゲラが出た時点で、やむなく掲載を諦めました。
あまりにも残念で、悔いが残るので、ふたつの章を、蘇らせることにしました。以下に掲載すのは、新書版で言うと、167ページの「二十二、十八代目中村勘三郎」の前におかれるはずだった文章です。
今、読み返しても、懐かしく、あの日々が思い出されます。

二十一、さようなら勘九郎
                            勘九郎四十九歳
                          三津五郎四十八歳
 
 平成十七年の一月浅草寺お練りにはじまり、三月、四月、五月、歌舞伎座で五代目勘九郎は、十八代目勘三郎を襲名した。それに先立つ十二月の歌舞伎座は、勘九郎の名前で出演する最後の舞台となった。

 三津五郎も同座し、『身替座禅』や『たぬき』で同じ舞台に乗った。勘九郎の当り狂言が並んだ一月となった。とりわけ夜の部の切りにあたる『苦労納御礼大喜利 今昔桃太郎(くろうのかいありかんしゃかんしゃ ルビ』(渡辺えり作、藤間勘十郎振付」が思い出深い。鬼退治を成し遂げた桃太郎(勘九郎)が、すっかり肥満し、だらけた生活を送っている設定だった。

 薬売り(三津五郎)が売ったやせ薬を飲むと、桃太郎のみならず、登場人物たちがやけになったように踊り狂う。大根、御幣(ごへい ルビ)、柄杓(ひしゃく)、はたき、木魚の棒などを持っての総踊りである。ばかばかしさの極地だけれど、バブル期に踊った日本人に対する痛烈な批判とも読み取れた。

 その総踊りののち、勘九郎はこれまで当り役としてきた舞踊の数々を、桃の木の下にしつらえた所作台にのって、メドレー形式で抜粋を踊った。

 歌舞伎では「吹き寄せ」という。『藤娘』に始まって『まかしょ』『船弁慶』『紅葉狩』『身替座禅』『鏡獅子』『高坏(たかつき ルビ)』『連獅子』と続いた。『連獅子』は近年、勘太郎らと勤めてきた親獅子ではなく、十七代目と勤めてきた仔獅子だったのには泣かされた。

 襲名に合わせて出版された篠山紀信撮影の『十八代目中村勘三郎』(世界文化社 二○一三年)には「永遠の盟友」と題した文章が収録されている。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。