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第五十五回紀伊國屋演劇賞と前川國男の建築。

 一年ぶりに紀伊國屋ホールの舞台に立った。
 五十五回を迎えた紀伊國屋演劇賞は、無事、対面での審査を終えて、今日の贈賞式を迎えることができた。
「今年は無理かも知れない」
 実は六月くらいの時点ではそう思っていた。ところが審査委員のひとり、紀伊國屋書店の高井会長の強い意見によって、今日を迎えた。長年の歴史を持ち、非商業的な演劇を称揚してきた演劇賞が、断絶なく続けられたのは、なによりうれしかった。

 ところで、今年は輪番で、私が審査過程をみなさんに報告することになった。もちろん原稿を用意していったのだが、安倍元総理、管総理が原稿の棒読みをしている絶望が頭をよぎった。もちろん、人名や作品名では、原稿に目を落としたが、できるだけ自分の言葉で話そうと努めた。
 もちろんたいした内容はないが、淡々と審査経過を報告したあとは、
「チフス、コレラ、スペイン風邪のような災禍は世界を席巻したが、ついに演劇を滅ぼすことはできなかった」
と、話した。絵画とならんで、人類の発生とともに歩みを続けてきた演劇は、容易に消失するはずもない。こうした根源的なアートが滅亡するのは、地球と人類の運命と同時だと、私は静かに話したかったのだった。
 私の報告が終わって、受賞者のみなさんの挨拶に移った。今年は、主旨から逸脱することなく簡潔なスピーチが続いた。なかでも印象の残ったのは、受賞者のなかで最年少の鈴木杏さんの話だった。
「蜷川さんが今日の私を観たら、馬子にも衣装だとおっしゃると思います」と結んだが、声の使い方、間のよさ、すべてが女優の仕事で、客席に降りて舞台をみつめていた私は、鈴木さんのスピーチに聞き惚れた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。