【劇評290】中川晃教の新境地『チェーザレ 破壊の創造者』の華やかな舞台姿。
イタリアといえば、フィレンツェが思い出される。当時、アルノ川に面した素敵なレジデンスに、作家の塩野七生さんがお住まいで、幾度となく訪ねた。一九七○年に毎日出版文化賞を受けた『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』は、永遠に記念すべき名著だろうと思う。今回の舞台を観ながら、塩野邸の明るい窓から、ポンテ・ベッキオ橋を背景に、若い青年たちが漕ぐボートが滑っていく光景が、鮮やかに思い出された。
明治座のオリジナル、ミュージカル『チェーザレ 破壊の創造者』(惣領冬実原作 荻田浩一脚本・作詞 小山ゆうな演出 島健作曲・音楽監督)は、ルネッサンス期の至りを舞台としている。過去には教皇を出した名家、ボルジア家に生まれたチェーザレ・ボルジア(中川晃教)を中心に、十五世紀末、ピサの大学で学ぶ人々の青春群像を描いている。
純真なアンジェロ。ダ・カノッサ(赤澤遼太郎)、チェーザレを護衛するミゲル・デ・コレッラ(橘ケンチ)らスペイン出身の学生たちと、フランスやフィレンツェ出身の団がせめぎあっている。
原作を引き継いで、宗教的な教皇と、世俗的な皇帝が権力を争う腐敗の時代を描いている。いわば、人間にとって救いとは何か、為政者はどう民衆を統治すべきかが問われている。
こうした主題とともに、ダ・ヴィンチやボッティチェリらの文化とが背景に見えてくる。この下敷きに、ダンテの『神曲』をおいて、老教授にチェーザレやジョヴァンニ・デ・メディチ(鍵本輝)らが講義を受けつつ、論争する場を面白く観た。
もちろん、ミュージカルだから、華麗な衣裳(西原梨恵)をまとったスタアたちの歌唱を愉しんだ。若手たちの活躍はもちろんだが、ダンテ・アリギェーリを演じた藤岡正明、ジュアリアーノ・デッラ・ローヴェレを勤める岡幸二郎そして、チェザーレの父、怪物と呼ばれるロドリーゴ・ボルジアの別所哲也と歌唱、演技ともに実力をそなえたキャストが組まれている。ミュージカルの本質が、なんといっても歌にあることを教えられた。
なかでも、中川晃教には、生まれ持ったスタアの華やかさがある。
年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。