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【劇評209】芯のある時代物。菊之助渾身の『時今也桔梗旗揚』。

 緊急事態宣言下にはあるが、関係者の努力によって、芯のある芝居が観られるようになった。

 今月の国立劇場は、歌舞伎名作入門と題した公演で、菊之助の『時今也桔梗旗揚(ときわいまききょうのはたあげ)』三幕がでた。多くは、「馬盥(ばだらい)」と「愛宕山」の場の上演だけれども、昭和五十八年、年吉右衛門が新橋演舞場で上演したとき、このふたつの場に先立つ「饗応」を復活した。

 四世鶴屋南北の時代物として知られるが、明智光秀(劇中では武智光秀)が主君、織田信長(小田春永)を討った本能寺の変へと至る原因を劇化している。癇性で短気な春永が、執拗に光秀を辱める筋立てである。

 菊之助は今回の上演で、颯爽たる貴公子然として怜悧な頭脳を持った光秀が、いかに理不尽な仕打ちを受けたかを活写している。光秀の劣等感が、春永の虐めを導き出したのではない。むしろ、春永のコンプレックスと天下取りの不安が、光秀の排除に向かったかに焦点が合っている。

 今回は、光秀は、暴虐無情な春永の世を倒そうとする英雄ではない。不条理な仕打ちに忍耐を重ねた上、やむなく「謀反」と呼ばれる汚名を覚悟し、決行の決意に至った武将として演じている。

 もっともすぐれているのは、馬盥の場の幕切れである。
 馬を洗う盥を盃がわりに酒を呑まされ、馬の轡を投げ渡された。さらには、流浪時代に妻皐月(梅枝)が黒髪を切って売った、その切り髪を示されて恥辱を受けた。さらには、蟄居を命ぜられた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。