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【劇評262】染五郎の美貌と憂い。『信康』

 高麗屋にとって掌中の珠というべき染五郎が、いよいよ打って出た。17歳。襲名でもないのに、歌舞伎座の芯に立つ。

 六月大歌舞伎第二部の話題は、染五郎による『信康』(田中喜三作 斉藤雅文演出)である。昭和四十九年に初演されたこの作品は、上演例が少ない。
 僅かに一度、平成八年九月の歌舞伎座で、海老蔵(当時、新之助)の信康、十二代目團十郎の家康で歌舞伎座の舞台に乗ったのが唯一である。
 この例を見ても、美貌の若手花形を、一家をあげて売り出すのに、絶好の演目だとわかる。

 先ず、信康というタイトルがいい。岳父信長と父家康から一字をもらって名付けられ、やがてふたりの暗闘のなかで、追いつめられ、やがて自死に追い込まれていく筋立てである。

 染五郎の「信康」には、非業の死を強いられた若者の煩悶と不安がこめられている。あたりを払う美しさをそなえた役者が、苦しみ、耐え、怒り、嘆き、ついには死へと向かう姿に、観客はこころを動かす。

 判官贔屓という言葉がある。源義経は武将として優れているが故に、兄頼朝の不興を買った。この芝居の信康は、若武者として働くがゆえに、岳父信長の嫉妬を買う。信長と敵対する武田方への内通の汚名を着せられる。

 岡崎城二の丸への謹慎から、二俣城へと追われる。若くして血気盛んな若武者が、いかにじりじりとした時間を生きたかを、染五郎は、作為を見せることなく、ごく自然に演じている。そこには説明的な芝居はなく、内心の信康の魂が乗り移ったかのようだ。

 前半第一場、岡崎城本丸書院の場では、母築山御前(魁春)と御台所徳姫(莟玉)の嫁姑の諍いに、ひたすら公平な態度を保とうとする信康の心情が、まっすぐに届いた。

 また、白鸚の父家康が訪ねてきてからも、徳姫の手紙にある疑惑をきっぱりと否定する様子がいい。狡獪な家康によって見捨てられるのではとの疑いをみせず、肚を割らない。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。