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伊丹十三監督の別荘で、ルポルタージュの根本を教わった。

 伊丹十三監督の作品が忘れられない。湯河原にあった別荘を利用して撮った初監督作品『お葬式』は、人間が拠り所とする式典を、荘重に、そして滑稽に描いた作品だ。性についての眼差しがユニークで、滑稽な性描写が今も忘れられない。
 
 もっとも私にとっては、映画俳優、舞台俳優としての伊丹さんが先行している。しかもエッセイストとの才能は卓抜で、『ヨーロッパ退屈日記『女たちよ!』は、今読んでも、世界のなかで「個」として生きた俳優の優雅さ、辛辣さがわかる。この相反した価値観を生きたひとなのだなあ。

 今回、単行本未収録のエッセイを集めた『ぼくの伯父さん』(つるとはな、2017年)が出た。落ち穂拾いではなく、お楽しみはこれからだ、とさえ思う。これほどの才人が早世したのが残念でならない。

 串田和美さんを思い浮かべて頂いてもいい。この時代の才人は、ジャンルをこえて何でもできた。素晴らしい仕事を残した。

 私が雑誌編集者として、入社一年目に書いたのは、芸能山城組と伊丹十三夫妻のルポルタージュだった。大学を出ただけで、何の訓練を受けていない編集者=ライターが、いきなり20枚以上のルポを書いた。写真家とふたりで現地へ行って、泊まり込み体当たり取材だった。

 なにしろ一日中、別荘内でうろうろしていたのだから、楽しい。宮本信子さんは、三味線のお稽古をしてくれる。伊丹さんは、煎茶の入れ方をていねいに教えてくれた。急須の敷物に色鮮やかなトルコのタイルをお使いで、「うらやましい」と云ったら、「探さないのがコツだよ。いつか出合うから」とひと言。十年ぐらいして、オランダに旅行をしたときに、デルフト焼きに出合った。そのときは、まだ伊丹さんは健在だった。

 書棚に、伊丹さんの父、伊丹万作監督の著作が並んでいたのをまざまざと思い出す。

 今、思えばあのときの訓練が、よかった。別荘に伺って、日付を切らずに、周辺の宿から通った。伊丹さんは、私に、いきないインタビューを急ぐのではなく、ともに生活して観察する。それがルポルタージュだと、黙って教えてくれた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。