デヴィッド・バーンの『音楽のはたらき』。私たちの舞台は「ショー」なんだ。
怜悧なビジネスパーソンであり、アート分野の革命家でもある。
デヴィッド・バーンの『音楽のはたらき』を読んで、これまでのバーンのイメージは更に強固になって、実際家であり夢想家であることは、ひとりの人間のなかで両立しうるのだと思った。
彼はイギリス出身だけれども、一九七四年から九一年まで、アメリカを中心に活躍したトーキング・ヘッズのメンバーとして知られている。
私は、この時期のトーキング・ヘッズを偏愛していた。デヴィット・バーンには、ブライアン・イーノとの共同作業もあるので、どこか知的な雰囲気を当時からまとっていた。
あれから随分時が過ぎて、二○一八年の『アメリカン・ユートピア』で、ふたたび甦った。シンプルに見えるけれども、実は手の込んだライヴ・パフォーマンスの映像を発表したのは、とてもうれしい出来事だった。アメリカへの愛憎がこもった歌詞に凄みがある。八百屋のシンプルな舞台に、マーチングバンドを思わせるパフォーマーと、バーンが進撃する。
バーンが、アメリカへの帰化をえらばず、イギリスとの二重国籍を維持しているのを思い出す。彼はスティングの曲ではないけれど、いつまでも「イングリッシュマン・ニューヨーク」なんだな。
『音楽のはたらき』を読みながら、私はケラリーノ・サンドロヴィッチを思い出していた。音楽と演劇とアートの領域を横断しつつ、精力的に活動を続けている。本書のエピソードを味わいながら、KERAさんの活動となんともなしに、引き合わせていた。
バーンはスコットランドのダンバートン出身だ。八歳のころに、アメリカのメリーランド州アナポリスに移っている。アートスクールは、ロードアイランド・スクール・オブデザインである。写真家のダイアン・アーバスが教えていたことでも有名な美術学校である。
「アートスクールに通っていた頃、プロヴィデンス市民会館でジェームス・ブラウンを観た。それまで観た中で最高のショーだった。すごくタイトで振付もされていて、まるで全員が途方もない別の国からやって来たいたいに見えた。ショーの最初から最後まで踊り通すセクシーなゴーゴーダンサーたちがいて、死ぬほどエキサイティングだったのと同時に、彼は自分がプロのミュージシャンかもしれないなんて発想をぼくの頭から消し去りもしたのだ——この人たちは成層圏にいて、ぼくらはただの素人だ。このことはアマチュア体験の楽しさをちっとも損ないはしなかった。ぼくが言っているのは、これらを観た後すぐに自分が何をやりたいのかを悟って人生が変わる瞬間が訪れたりはしなかったということだ。絶対にない」
私は、演劇公演のことを英語で、ショーと呼ぶのを知ったとき、軽いショックを受けたのを思い出す。日本の演劇の教養主義に染まった私は、イプセンやチェーホフを演出して、「ショー」と呼んではばからぬデヴィッド・ルヴォーと話したことが甦ってきた。私たちの舞台は「ショー」なんだと思った。
ここでデヴィッド・バーンが語っているのは、最高のショーはいかにあるべきかということで、本人がどう思っていようとも、この体験は、その後のバーンにショーに大きな影響をあたえているのは間違いない。
それにしても、当時アマチュアだった彼のプライドの高さは、いったいどこからきたのだろうか。ロードアイランド・スクール・オブ・デザインは、アメリカでもっとも優秀な学生が集まる美術学校だけれども、そこでの切磋琢磨がこうした人格をつくったんのだろうか。
もっともこの時代は、メジャーレーベルでのデビューが、プロと認められる登龍門であったのに対して、現在は、状況が一変している。
「音楽ファンは、いまだかつてないほどに自分の聴くものを選択でき、それが意味するところは重大だ。楽観的に考えれば、これはぼくたちが力を持ち、従来のラジオが提供する選択肢や、ぼくたちを狙って売り込まれるメジャーレーベルのスターたちで満足してる必要はもはやないということを知っている。さらに重要なのは、競技場がこれまで以上に公平になったということだ——無名でも大人気になれるし、実際なっている」
もちろん、ここでは甘っちょろい夢想に酔った革命家がいるわけではない。怜悧なビジネスパーソンが顔を出す。
メジャーで長年活動したからといって、今の位置が保証されているわけではない。新しい野心的なミュージシャンたちと同じ競技場に立って、戦わなければならないのだな。
七十一歳となったバーンは、ファイティングポーズを今もとっていた。
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長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺
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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。