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菊之助の『春興鏡獅子』と『京鹿子娘道成寺』配信から見えてきた舞踊の魔

 菊之助が国立劇場とともに収録した映像「尾上菊之助の歌舞伎舞踊入門」を観た。

 『春興鏡獅子』と『京鹿子娘道成寺』が、昨年八月に収録されたが、今回、配信されたのは、それぞれ解説編と本編、計四本となる。

 まず、解説編だけれども、外の景色からすると、国立能楽堂で収録されたものだろうか。入門の名にふさわしく、舞踊の背景を丁寧に語っている。菊之助の語りだけではなく、舞踊のダイジェストもインポーズされているので、解説を聞きながら、なるほどと膝を打つ楽しみがある。
 私たちは舞台の映像というと、NHKの舞台中継や、松竹が収録したDVDの「名作歌舞伎選」の撮り方に慣れている。

 ところが今回は、「記録」という不思議なクレジットだけれど、鍋島徳恭によるものだ。「歌舞伎俳優 二代目 中村吉右衛門」(小学館 二○一八年)がもっとも入手しやすいと思うが、独特の美学を持った写真家である。映像としては、観世能楽堂で収録された「中村吉右衛門 こん身のひとり舞台“須磨浦”」 があり、二○二一年三月五日にNHKで放映されている。この映像の斬新さは、今でも私の心に刻まれている。

 当時は、コロナウイルスの正体もわからず、人々は不安と疑心暗鬼のなかにいた。歌舞伎座をはじめ劇場の封鎖も続いたこともあって、この映像を、砂漠で喉が渇いたときのような心地で観たのを覚えている。

 今回の「尾上菊之助の歌舞伎舞踊入門」もやはり独特の美意識に貫かれているから、賛否は分かれるかもしれない。けれども、生の舞台と映像は、まったく別物と考えると、独特の切り口がなければ、単なる記録になってしまうだろうと思う。その意味で、今回の『春興鏡獅子』と『京鹿子娘道成寺』をおもしろく観た。

 さて、その中身であるが、鍋島の手による映像作品であるから、菊之助の舞踊としてはあまり批評めいたことはいいにくい。

 ただ、この歌舞伎俳優が、勘三郎、三津五郎亡き後、歌舞伎舞踊の頂点にいることは、確かめられた。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。