【劇評153】自己撞着を怖れぬ玉三郎の覚悟。


 十二月大歌舞伎の夜の部もまた、梅枝の活躍に目を見張った。

『神霊矢口渡』は、女方のためにある狂言である。
一夜の宿を求める義峯(坂東亀蔵)への思慕から、過激な行動へと駆り立てられる娘の話である。ついには父頓兵衛(松緑)にはばまれようとも、義峯を逃がそうとする。一目惚れにはじまり、みずからの死を厭わないところまで、一気に走り抜ける。若さゆえの疾走感、一途なありようを梅枝は、よくつかまえている。

 梅枝は同世代のなかでも、理知的な俳優といえるだろう。すべてに破綻がない。所作も台詞回しも、「あれっ」と違和感を感じさせない。役の性根をよく掴んでいる。
 世話物も新作もよいが、この『神霊矢口渡』では、時代物を大きく捉えている。義太夫の詞章をよく吟味して、舞台でもきちんと台詞を聴いているのがよくわかる。
 隙がないと言ってしまうと、せせこましい演技に思えるが、そうではない。恋の狂いにも緻密な表現力が必要とされる。「父さん、おまえはなあ」と頓兵衛に訴えかけるときの絶望に深さがあった。

 松緑の頓兵衛もなかなかの出来。まず、容易には肚を割らない。謎を秘めた人物として舞台にあって、説明的にならない。
 現代的な父娘関係などは、一切持ち込まず、ただただ、自分の信念に生きる男であり続ける。花道のひっこみにも力感があり、途中、息を整えるあたりも、執念の人として頓兵衛をよく捕まえている。

『神霊矢口渡』が終わると、玉三郎の新作『本朝白雪姫譚話』(竹柴潤一脚本、玉三郎補綴・衣裳考証)が出た。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。